ジャカルタからの手紙

川崎[漁師]博之

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前略

 お元気ですか。
 日本はもうすっかり初夏らしくなった頃と思います。
 6月4日に送付して下さった<甲州画報>無事届きました。983円もの送料をかけて送って下さり、大変申しわけありません。どさくさにまぎれて入会し、何も<隊員>らしいこともしないままの私にもこうして連絡下さり、本当にありがとうございます。
 住所録にも名前を載せていただきながら、ぽつんと何やら海外の住所になって<いったい何者>と思われているかもしれません。遅ればせながら自己紹介及び近況報告等させていただきます。

<自己紹介 …役職名申請というのがありましたが「漁師」にしといて下さい>

 兵庫県の相生市は戸数20戸たらずの小さな漁村で産まれまして、海洋学部を卒業後、青年海外協力隊の漁具魚法隊員として1981年10月から1985年11月までフィリピンのミンダナオ島に3年、サマール島に1年居ました。その間にマニラにおられた谷甲州さん一家と知り合いになり飯を食わせてもらいました。
 東京で1年間青年海外協力隊啓発課で「クロスロード」という機関誌の編集をやり、1987年5月西アフリカはリベリアの首都モンロビアに協力隊調整員として赴任し、1989年8月まで居ました。
 再度日本に帰国した際「人外協」に入会させていただき、またそろそろ日本に落ち着くべきかとも考え、就職すべきかどうか多少は悩んだのですが(例えば宇宙開発事業団の中途採用で NASA に派遣という話もあり、これは「人外協でうけるかな?」と考えたりもしましたが、自分の能力を考えやめました)。結局 UNV(国連ボランティア)−UNDP(国連開発計画)による人材派遣事業− として1990年3月にインドネシアの首都ジャカルタの UNESCO 事務所へ海洋科学官として赴任し現在に至っております。まあ何もなければ少なくとも2年間はここで過ごすことになります。

<近況報告>

  1.UNESCO 事務所

 事務所はジャカルタのほぼ中央にある5階建ての国連機関(UNDP,WHO,FAO,UNIDO,UNESCO etc)の入居したビルの2階にありまして、ドイツ人の所長をはじめスリランカ人、エティオピア人、デンマーク人、中国人、ニュージーランド人、オランダ人、イタリア人、インドネシア人の各々の分野(教育、海洋科学、水資源学、生態学、森林学etc)の専門家がいまして、10名程のインドネシアのローカルスタッフが居るという状況です。
 私はニュージーランド人の海洋学の専門家と共に、現在UNDPの予算で行われている海洋汚染観測プログラムに関わり、主に事務仕事で海洋研究所の技術者の海外研修に関わる事務連絡等を行っています。
 事務仕事は本来苦手でその上文章が英語ですから、下書きを書いては上司にくそみそに書き直されまた作り直すという毎日です。
 また事務所はここでもOA化が進みつつあり、IBS (IBM のコピー? IBMのソフトが使えます)が私の机にものっかってます。私に使えるのは Word Star 4 というワープロ機能だけ。上司からは MS−DOS と d−Base を覚えるように言われていますが、マニュアル読んでもさっぱりわかりません。パソコンを手足のように使える人が羨ましいです。もちろん英語を好き勝手にしゃべれる人も…。

  2.ジャカルタ

 ジャカルタは大都会です。朝夕の車のラッシュ、排気ガス、頭が痛くなってきます。フィリピンのマニラも都会ですが、ただ大きさからいえばジャカルタの方が大きいかも知れません。まあ私の感じたマニラとジャカルタの違いは社会状況ー経済や治安の差はあるのですが、マニラのわい雑さ、熱気、うさん臭さはジャカルタにはあまり感じられず(マニラは田舎の島からたまに出ていって『わぁー都会だネオンだ』と浮かれに行って、今はジャカルタのど真ん中に住んでいるので感じ方が違っているのかもしれません)。それなりに落ち着きのある街に思えます。
 インドネシアは御存知のように回教の国ではありますが、ボロブドゥールの仏教遺跡やバリ島のバリ・ヒンドゥーなどに見られるように、回教、ヒンドゥー教、仏教、キリスト教、原始宗教とごちゃまぜになってまして、政府機関は金曜は午前中でオフィスアワーは終わりモスク(回教寺院)でのお祈りの時間と<半ドン>ですが、民間企業などは通常通り。祝日も回教関係(例えばモハメッドの誕生日、断食明け)、おしゃかさんの誕生日、クリスマス、みんな休日です。酒も大ぴらに売っています。ただポルノ?はだめで日本の週刊誌例えば週間ポスト程度のヌード写真でも乳首の所は黒マジックで塗りつぶされてしまっているようです。
 在留邦人も1万人(短期滞在者を含めて)を越えていると聞いていますが、なるほど日本食レストランは多いし大手スーパーには日本食品コーナーもあります。
 本屋はいまのところ2カ所しか知りませんが、1つは最近オープンした SOGOデパートの中に紀ノ国屋が入ってまして早川文庫のコーナーもありますが、SF関係は洋モノ特にペリーローダンシリーズが目だちます。残念ながら谷甲州さんのは角川にもどこにもありません。徳間文庫の日本冒険作家クラブ編<血>がありましたんで「マクダレーナ」は読ませていただきました。

  3.想い出話

イルカとオルカ

 谷甲州さんの「星の墓標」だかにオルカのジョーイの話がありましたね。
 オルカを実際海で見たことはないのですが、千葉の鴨川シーワールドを訪ねた時一度オルカのショーを見たことがあります。
 直径10m程、深さ5m程のプールに2頭のオルカ(名前は忘れました)と2人の調教師?が、ジャンプして尾ビレでボールをけったり、半回転ジャンプをしたり、調教師が背ビレにつかまったり背中に立ったりして泳いだりのショーを見せてくれるわけですが、その中で調教師がオルカの鼻先?に足をかけ、一度人を押し込むように潜ってから水面にジャンプし人を放り出すというか人間とオルカが一体となってジャンプして見せてくれるわけですが、その時思ったのは、人間がオルカに芸を教えているんじゃなく、人間がオルカにかまってもらっているようだということです。小さなプールで人と共にジャンプし、プールの外に人を放り出すこともなく安全にちゃんとプールの中に落としてやっていると感じたのです。
 もちろん訓練し続けた結果なんでしょうが、オルカが気粉れに体をひねれば人間はプールの外にはじき出される可能性のある状況で、訓練したという裏付けはあってもその不安感、恐怖心を信頼感におきかえざるを得ない時、オルカ自身の人格というのを認めざるをえないんじゃないか…。それだけのものをオルカがもっているのでしょう。ただそれが人間の感覚と置き換えられるかどうかはわかりませんが…。
 話は変わりますが、オルカは見たことないですがイルカは何度か見たことがあります。小笠原で漁船に乗っていてまさに船のへさきの所を先導するように何頭かがジャンプしながら泳いでいたのを見ました。時には船にぶつかるんじゃないかと思える程近くを泳いだりもしてましたが、漁船が15t程の木造船だったこともあり「おお、すごいすごい」と単純に喜んで見たりしてました。が、フィリピンで見たときは、そんな可愛さよりもよりも恐怖を覚えたことがあります。
 バンカーと呼ばれるアウトリガーの付いたカヌーが零細漁民の漁船なのですが、一度全長3m程のバンカーで漁に出ていた最中、沖合い2Km程の所でエンジンが故障ししばらく漂流していたところ、突然イルカがバンカーのすぐ脇に浮上ししばらくの間グルグルと回りを泳いでいことがあり、最初三角の背ビレが見えたとき「げっ、サメかな!」とドキッとしたんですがイルカとわかりひと安心したものの、ぐるぐるバンカーの回りを泳ぎだすし、2m近くもありそうなやつで(おそらくもっと小型だと思いますが)、こいつがぶつかってくると、このバンカーなんかすぐ転ぷくしてしまうと思い始めると、可愛い気など全く感じられず、なに考えてるかわからない不気味なやつとしか感じられず、恐怖心にとらわれ、もっと近かづいたらオールでひっぱたこうとぎゅっとオールをにぎりしめてました。何事もなくイルカはどっかにいってしまったのですが、本当に寒気を感じてしまいました。
 人間勝手なもので、自分がどうあっても安全であろうと思える立場にある時は「わぁ可愛い」と言っていればいいんですが、相手の土俵に入って何が起こるかわからないとなった場合、それが可愛いやつと見たことがあっても、とんでもないそんな余裕はありません。少なくとも私の場合は。
 で、結局何なのかと言うと、人間自分の立場だけで考えて好き勝手に解釈してると、相手のことがわかっているんじゃなくて自分のことを投射しているだけで、オルカやイルカが本当はどうなのかと考えられなくなり、自分勝手に裏切ったの愛してくれてるだの言うことになるんでしょう。もちろん対動物だけじゃなく対人間ですら…。

 何やら訳のわからない手紙になってきましたのでこのへんにしておきます。
 乱筆乱文お許し下さい。
 いずれ水中写真か何か送らせていただききます。コンピュータとかメカニックなことに関してはさっぱりですので別の方面から参加させていただきます。
 それではお元気で。みなさまにもよろしく。

敬具

<編:なお隊長は川崎隊員を[世界征服先遣隊長]−[役職]とは別、[大阪支部長]みたいなもの−に任命するそうです。ああ、地球の未来は……つるかめつるかめ。>




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