谷甲州は無謬である
−こんどはタイタン抜きでやろうぜ−

岩瀬[従軍魔法使い]史明

もはやどっかへいったサイバーパンクですが、かのサイバーパンクはハードSF的に高く評価すべきことが一つあります。それは(もちろん電脳描写なんかじゃなくって^_^;)宇宙都市や宇宙船内の「うす汚さ」をかこうとしたことです。
 スターリングの「スキズマトリクス」には、コロニーにはコロニー特有のにおいがあることや、サイバネティクスと徹底的に共生するととっても「臭く」なってしまうことなどが描写されています。また、かの世界の宇宙船は、有機ゴミ処理のために遺伝子改良されたゴキブリ(しかもピンクの水玉模様の^_^;……)をすまわせています。視覚的イメージでいえば、ブレードランナーの世界をそのまま宇宙都市や宇宙船にもってきたようなノリがギブスンやスターリングにはあります。
 さて、そういった「臭い宇宙」というイメージは^_^;、未来の宇宙を真剣に外挿したとき、どれくらいリアルなものでしょうか。
 毛利さんや秋山さんのレポートを読んでしみじみ痛感するのは、宇宙での人間関係を迅速に破壊するには、「汚物を処理しないこと」がもっとも効果的だ、ということです。もし破壊工作員をシャトルや火星探査宇宙船のクルーに潜り込ませるのなら「誰がちゃんと始末しなかったか」を巡ってクルー間を疑心暗鬼と憎悪に陥らせるのがもっとも効果的だったりして^_^;(しかしよほど使命感に燃えてないとできないだろうなあ……情けなくって^_^;^_^;)
 地球上では、ヒトの生活臭……においをもたらす空気の微量成分は、風に散らされ、降雨によって洗われ、植物や土壌が発するにおいに打消されます。
 宇宙都市ではそうはいかないかもしれません。スペースコロニーにせよ、月や諸衛星上の諸都市にせよ、そこに循環する空気の総量は、地球の空気よりも遥かに小規模なものです。少なくとも、現行の地下街の延長上みたいな地下都市やドーム都市では、人工的な換気によってしか、臭いや有害成分の除去は不可能でしょう。
 オニールプランの円筒型宇宙都市では、ヒトが住まない膨大な空間が中央部にできあがりますが、ヒトが住まない「無駄な空間」は、地球上での生態系安定では決定的に重要な部分です。ただ、地球の「森」や海洋生態系と違って、ただ中央部に 空洞があるだけでは、対流による空気の自然循環をつくることはできても(どんな対流ができるのかまたそれは安定したものなのかなど、それ自体けっこう厄介な課題らしいのですが)、どの程度空気の浄化作用に役立つには疑問です。
 それでは、かなり広い空間を森林に占有させるのはどうか?
 それが可能なら、心理的にもヒトの生活にとっておおきなゆとりをもたらすでしょうが……森林の生態系は、本来極めて多種多様な生物の均衡によってできあがっています。それに対し、近代以降の庭園や公園は、管理された環境を求めて、植物にせよ小動物にせよ昆虫にせよ、限定された(近視眼的偏見によって選別された)種しか生存を認めたがらないところがあります。そういった思想の延長上では、真に健全な森林をもたらすことはできないのではないでしょうか。
 いわゆる[害虫]の根絶という点からすると、非常に限られた区画において以外はヒト以外の生き物の存在を認めない、という考え方も成り立ちます。普通の公園でも、レプリカ動物や昆虫しかおかない、と。そういえば航空宇宙軍史にはハエやカやゴキブリは登場しませんねえ。外惑星の(農場や特別な自然公園など限られた環境以外に)小鳥など小動物や虫はいないのでしょうか。甲州センセはそのへんを「かかずにすます」ことがうまいんで、わからないんですけど。(ところでその方向性を目指したたとして、本当にゴキブリなどを根絶できるかというと、地球上との物や人の交流が活発になるに連れてむずかしくなるんでしょうね。今号のドクターまちゅあ氏描く凄絶な闘い:-)は未来の宇宙でも続くのでしょうか)
 あるいは、有機ゴミ処理の為の小型生物をつくって、それとだけ安定かつ強力な共生関係をつくる、という考え方もあるでしょう。一般に閉鎖生態系では構成種の数が少ないほど環境変化に対して脆弱なようですが、そこは品種改良で何とかする、と。前述の「ピンクの水玉模様のゴキブリ」はまさにそのような思想の産物です。
 結局、宇宙都市での臭いや虫など小動物についてはどうなるか。生活空間の構築思想にもよるでしょうし、その規模や地球との交流の度合いにもよって様々にありえるでしょう。ただ、かつてのSFが描いたピカピカのご清潔空間というのはあんまり現実的ではなさそうです。(航空宇宙軍史の世界も、何となく小汚そうですし)
 人間の生活文化は種々多様ですから、そのへんもまた宇宙都市ごとの個性になるのでしょうか。個性ですめばよいのですがいわれなき差別の原因になると気の毒です。
 例えば、濃密な衛星大気中に数%のメタンが含まれているタイタン。ここでは生活圏にメタンガスが侵入することはないはずですがイメージだけが独歩きして、タイタンからカリストへ引越してきたりすると「メタン臭い」といじめられたりして。指導者が子供時代に受けたそんなイジメが実は外惑星動乱でタイタンが木星系に微妙な距離をおいていた原因だった……りすることはないですよね、甲州先生^_^;
 (しかしこのネタ随分前に林[艦政本部開発部長]氏の外惑星罵言にあったかも^_^;)。



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