0.プロローグ
これは誰にでも起こる可能性のある極めて身近な戦いの記録である。有史以来といわれるほどの長きにわたる戦いであるにもかかわらず、この戦いが歴史の表舞台に出ることは今までなかった。そして、これからも…。
しかし、これは人類の威信をかけた重要な戦いである。この戦いにおいては誰もが主人公になり、泣き、笑い、時には恐怖する。我々は有利に戦いを進めるが、敵の想像を絶するしぶとさの故に、時には反撃に遭い、この戦いに最終的な決着がつくことは決してないであろう。人類がその版図を宇宙へと拡げれば、戦いもまた宇宙規模になることは間違いない。これこそは航空宇宙軍と外惑星連合軍との枠組みを越えた人類共通の敵との戦いである。
1.茶色の怪しげな生き物との戦闘(4月24日)
昨夜、家に帰り着くと何やらカサカサという音が…。見上げると、茶色のてかてかした怪しげな生き物が壁にいた。平和な我が領土を守るため、私は即座に広告をまるめて右手に持ち、左手にキンチョールを構えて迎撃体制を整えた。キンチョールによる毒ガス攻撃で行く手を阻みつつダメージを与え、必殺の右を繰り出せる位置へと敵を追いやる…。しかし、時期的に十分な力を蓄えていなかったからか、予想外に根性のなかった敵は壁から落下し、傘の上へと墜落した…。
「こ…これでは、一撃必殺の『右』が使えない…」
私は即座にドアを開き、我が領土に被害の及ばない安全な場所で決着をつけるべく、敵の墜落した傘を持ってサンダルを履き、廊下へと飛び出した。おもむろに傘を振ると、敵が廊下に落下した。度重なるキンチョール攻撃にすでに動きは鈍くなっている。「いまだ!」私は必殺の右足による一撃を加えた。確かな手ごたえがあった。
こうして今回の戦闘は完全なる勝利に終わった。しかし敵は今回の30倍はいると言われている。戦いの季節はまだ始まったばかりだ…。
2.続・茶色の怪しげな生き物との戦闘(5月1日)
雨が降る中をようやく帰りついて部屋の灯を点し、振り返るといつぞやとほとんど同じ場所に、例の敵がいた…。違うのは、見たところまったくの静止状態にあり、動く気配もないことだった。
わたしは敵に気取られないように静かに、しかし速やかに行動を開始した。昨日の夕刊を右手に、キンチョールを左手に。ゆっくりと近づき、敵の様子をうかがう。敵の息遣いが聞こえてくるようだ(そんなはずはないし、決してそんなに近づいたわけではない。したくもない。比喩ですよ、比喩…念のため)。わたしはやにわにキンチョールを吹きかけた、徹底的に。必殺の『右』を構える…。しかし、敵はまたしても落下した。そして、消えた。
敵が落下したとおぼしき所にあるのは、帰ってきた時そのままの状態で散乱している、靴、だった。
(どこだ…)
不意を襲われてはかなわない。若い頃の、靴を履くと足の先に妙な生き物の感触があったという苦い経験が思い出された。あの時はこちらの混乱に乗じて逃亡されたが、今日は逃がさない。
左手で一つずつ靴をあらためる。必殺の『右』はいつでも使えるように構えたままだ。
(これで最後…)
靴の中から敵が落下した。
が、必殺の『右』を使うまでもなく、敵はすでにキンチョール攻撃で動かなくなっていた。しかし安心してはならない。敵の生命力は我々の比ではない。とどめを刺さなければ。
わたしはおもむろにドアを開け、動かなくなっている敵を外に蹴り出し、右足による一撃を加えた。確かな手ごたえがあった。
またしても戦いは私の完全なる勝利に終わったが、この時期の敵はまだ力を十分に発揮しているとは言えない。さらなる対決に備えて、気を抜くことは許されない。
戦いは続く。
3.続々・茶色の怪しげな生き物との戦闘(5月2日)
敵の姿を頻繁に見かけるようになり、私は住まいに帰りつくとまず背後の壁を振り返るようになった。さすがに二日続けて出現することはないか…と緊張を解こうとした時、前方右斜め上方、昨年末にようやく購入した寝台上方の壁面に、またしても敵の姿を確認した。
「でかい…」
それはこの時期にしてはかなりの大物の部類に入るであろう。ひょっとすると敵の幹部かも知れない。2本のアンテナを動かして周囲を探っているようだ。私は即座に戦闘を開始した。JAFメイトをまるめて右手に持ち、キンチョールを左手に寝台の上へとよじ登った。
(場所がまずい。ここで柔らかい布団の上に落下されればこちらが不利になる。なんとしても敵が壁面にいるうちに必殺の『右』で決めなければ…)
まずはキンチョール攻撃。落下されないように手加減しながら『右』を繰り出せる位置へと敵を誘導する。
(もう少し右だ…)
敵の動きがいったん止まった。アンテナを左右に振っている。いまだ。
必殺の『右』!
「決まった…」敵は足の何本かを壁面に残して落下し、わずかな隙間から深みへと落ちていった。
手ごたえは確かにあった。しかし、敵の死体を確認しなくては勝利とは言えない。敵の行方の必死の捜索が始まった。しかし落下地点とおぼしき場所に敵の姿は無かった…。
それからかなりの時間が過ぎ、ついに敵の死体が発見された。どのようにして落下の軌道を変えたのか、敵の姿は私の聖なる書物・学位論文の上にあった。敵はすでに息絶えていたが、仲間に連絡をしていた可能性は否定できない。
今回、ついに敵の目的が明らかになった。これからもさらなる執拗な攻撃を仕掛けてくるであろう。
しかし、私は負けない。
4.続々々・茶色の怪しげな生き物との戦闘(5月2日)
…と決意して、戦いに疲れた私が旅に出ようとしたその時である。またしても敵に遭遇した。
「しまった」両手に荷物を持っていた隙を突かれた形になった。私は荷物を置き、戦闘体制を整えるべくキンチョールを手にしたが、必殺の『右』のための武器が手近に見当たらない。
私の一瞬のためらいの間に、敵は物陰へと逃亡した。あわててキンチョール攻撃を仕掛けたが、時すでに遅し。これで今季の対戦成績は3勝1敗となった。
「…次は、必ず仕留めてやる」
5.続々々々・茶色の怪しげな生き物との戦闘(5月8日)
それは御飯を(炊飯器が)炊いている時のことであった。疲れて帰宅して、のどかに「花とゆめ」などを読んでいた私は、「カサリ」という微かな音にすばやく反応した。
いつものように戦闘開始。
しかし、戦場がカラーボックスの中だったので大きなモーションの技は使えない。敵も地の利を活かすことを考えはじめて(ほんまか?)いるようだ。
二三度のキンチョール攻撃で敵の動きが止んだ。動かなくなった敵を刺激しないように障害物を取り除く。
「くらえ、読売夕刊スペシャル!」
最後は丸めた夕刊による必殺の「突き」でとどめを刺した。きっと、先日逃亡した敵に違いない…。
これで、4勝1敗。しかし、戦わなくても済むようにしたいものだ。
6.エピローグ
これは限られた人だけの戦いではない。
きっと今日も、地球のどこかで誰かがこの「敵」と戦っているであろう。
ひょっとするとあなたも次の瞬間には戦士として武器を取らねばならないかも知れないのだ…。油断してはならない。
ほら、後ろでカサカサという音が聞こえないだろうか…?