谷甲州は無謬である
−外惑星の《住》−

岩瀬[従軍魔法使い]史明

 えー、ぢつに永らく御無沙汰しておりました「谷甲州は無謬である」でございます。御存知のない方もとうにお忘れの方もいらっしゃると思いますんで、どんな内容だったか簡単に申しますと、よーするに、外惑星の生活とか経済とか、航空宇宙軍史に直接登場してこない部分まで掘り下げて、あれこれ推測して遊ぼう……ということであります。タイトルの所以はなにかと申しますと、もし仮に、万一、ガンバ大阪と浦和レッズが優勝争いをするような不測の事態により航空宇宙軍史の矛盾が発見されようとも、谷甲州は絶対無謬であるという公理にのっとり、ツジツマを合せてしまおう……ということでございます 。
 おのが理科的能力と文才の乏しさをしみじみ痛感する昨今、編集作業を後回しにしてでもこんな記事をかくべきなのかおおいに疑問でありますが、書きたいのをかいて投稿することは、人外協活動方針からしても画報・えいせいの編集方針からしてもこれ以上正しいことはないのでございます:-)
 というわけで、しばらくおつきあいくださいませ。

タナトスはぢつはモヤシっこ軍団だった!?

 さて、最初のテーマですが。わたしはもはやハルキゲニアやアノマロカリスうごめく古代と化した昔、「人外魔境の日常生活」と題していくつか記事をかいたことがあるのですが、そのときにかけなかったテーマ、「住」を今回のテーマとします。
 外惑星圏に限らず地球外の居住を扱うとき、それは大きく二つに分類されるべきでしょう。一つは天体表面(地下・半地下含む)。もう一つは宇宙人工島、いわゆるスペースコロニーです。
 地球近傍の衛星や惑星がたいてい地球より重力が小さく、従って建設資材を宇宙に運び出すのが楽だ……とはいえ、宇宙へ持上げるのにいくばくかのエネルギーが必要なのは確かです。にもかかわらずなぜスペースコロニーが必要なのか?
 一つには地球外との交通の便宜が挙げられるでしょう。つくるのに余分なエネルギーが必要でも、いったんできてしまえば、月にせよ他の惑星やその衛星にせよ宇宙都市にせよ、地球の重力から脱出したり巨大な運動エネルギーをかかえてぶ厚い大気圏に突入したりする必要が無い分、とても楽です。また、軌道上やラグランジュ点の都市は、建設や開発の拠点としても好都合です。
 しかしここでは、あと二つの要因について考察してみましょう。
 まず、重力が調整できる、という点です。
 月面やガリレオ衛星上のように、地球よりずっと重力が低いところで長期間ないし恒久的に住む場合、もはや地球並の重力に耐えられないように身体が変化してしまわないでしょうか? 衛星軌道上のような微重量(いわゆる無重力)環境では、長期滞在が筋力の衰えや骨格中のカルシウムの溶脱をもたらすことは既に確認されています。ゼロではないにせよ、地球のそれの1/8〜1/6くらいの低重力で長期間暮らすといったいどんな影響がでるのでしょう?
 永らくこの点はわたしにとっても疑問だったのですが、タイミングのいいことに「SPA!」最新号(3月第2週発行)に、大阪産業大学工学部による宇宙空間における筋力低下の研究の取材記事(P130)が出ていました。それによると、巨大水槽を使った七年がかりの実験によれば「筋力低下を防ぐには地上の四十%以上の負荷をかけてやればよい」とのこと。
 だとすると月面やガリレオ衛星上では筋力低下は避けられそうにありませんが(表1参照)、スペースコロニーならばコロニーの回転周期によって調整できるわけです。0 .4G以上にすればよいわけですね。逆にいうと、0.4G以上なら筋力低下が起こらないのなら、1Gでなく0.4G回転にしてやれば、コロニー外殻にかかる応力も少なくてすみ、建設コストも安くてすみます。また、頭とつま先で遠心力に差ができるので、回転周期が短いと不快感が生まれるのですが(図1参照)これは結果的にコロニーの半径の最小限界も規定することになります。小さな半径で大きなGを生むには回転周期を短くしなければなりませんから。しかし1Gでなく0 .4Gでよいのなら、最小限界も低く設定できます(つまり小規模コロニーもつくりやすいことになります)。
 ところで、航空宇宙軍史の世界ではどうかというと、低重力でもヘイキ! ってことになってるみたいです。というのは、航空宇宙軍史の世界では、軌道都市の重力設定は、惑星や衛星地表と同様に調整されているという設定だからです。
 もちろん、「谷甲州は無謬である」というのがこの記事の大前提ですので:-)その前提に従って解釈しなければなりませんが、さしてひねくれた解釈はいらないかもしれません。というのも、先に紹介した「SPA!」の大産大の研究からして、筋力低下を防ぐ為の「宇宙シャツ」の開発が目的だからです。筋肉に自然に負荷を与えるような衣服を常時着用させることによって筋力低下を防ぐ。懐かしの「大リーグボール養成ギブス」みたいなもンですかね^_^;そういったものが開発できるのなら、低重力生活も怖くないわけです。生まれた時から低重力だったら、骨格なんかはやっぱりひょろ長くなってしまいそうですが(「エリヌス」でも、「長期間低重力で暮らしたもの特有の痩身」なんてかいてあったりします)、極端な体格変異は……ないと信じたいもンです。
 「小柄な」ダンテがぢつは身長2メートル・体重65キロ。ランスが身長2.5メートル、体重75キロだった……なんてあんまり想像したくありませんもンねぇ。
タナトス戦闘団がぢつはモヤシみたいなひょろ長野郎の集団だったら……ぅぅぅ、イメージが崩れすぎる……
 というわけで、別に甲州センセのためではなく、低重力の影響は骨格にまであまり影響しないと信じましょう。うん。

氷に沈む? ミザルー・コンプレックス

 軌道都市の方が地上よりも有利なんじゃないか?と思える理由のもう一つは、廃熱です。ただしこれは特にガリレオ衛星についての懸念です。
 イオを除くガリレオ衛星はどれもこれも地表がおおむね氷に覆われています。で、木星圏の元来の温度は摂氏マイナス百六十度〜百四十度。人類の生活温度と二百度近い差があるわけです。もちろん地表の居住区基盤は断熱材で遮断され、居住区との境界面が氷点以上になることは決してさせないでしょうけれど。
 それで問題点がなくなるとは限りません。どのみち人類の居住地と周囲との間に百度以上の温度勾配ができることは避けられないでしょう。大気がほとんどないから気象を撹乱するなんてことは幸いおきないでしょうけど、周辺の地面(氷)をそれだけ暖めれば体積の膨張もおきるでしょうし、氷に閉じ込められていた気体の溶脱もおきるのではないでしょうか。エウロパなんて、氷の地殻の下に液相の水(いわば地下の海)があって今でも地震(氷震)があるんじゃないかなんて説があるくらいです。居住区の重量がもたらす圧力の影響も無視はできないでしょう。安心して住めるのかな……都市全体が年に何センチかずつ沈んでいったりして……
 ヒトの居住だけならまだしも、大規模な生産設備。まして核融合炉なんて、地表につくるのはすっごくやばいような気がします。電力もマイクロ波ででも送電できますし、エネルギー消費量の多い設備は軌道上においといた方がいいんじゃないかなぁ。鉱山や重水素の採掘は地表になけりゃどうしようもないですけどね。重水素タンカーの射出軌道なんて、ずぶずぶ沈んじゃったりして……
 ここで発想を逆転してみましょう。もともと温度環境がやたら低いんですから、建築資材も氷でできるんじゃないか? どうせ長もちしない(かもしれない)んなら住居も使い捨て(沈み捨て?)と考えて、コストを安くあげることを優先させる、と。いわばハイテク・イグルーまたはかまくらの中に住むってのはどうでしょう。
 少なくとも、仮設住居なんてそれで十分なんじゃないでしょうか。そこらへんの氷をヒートカッターで切り出して積み上げ、密封は水をふりかければすぐに凍ってくれるんで簡単。出入口だけは氷にすると蒸着したりして厄介だから低温でも柔軟な素材でカーテン状などにする、と。断熱性も金属より遥かにすぐれてますしね。
 タナトス戦闘団も、氷製の仮設住居をつくる演習をさせられてたりして。目に浮びませんか? ヒートツルハシを振り回すダンテ隊長の勇姿(?)が……:-)



back index next