本物の色物物理学者列伝

前野[いろもの物理学者]昌弘

−事例研究:木下清宣編−

 「夜空にUFOが現われる度〜答えが脳に直接やってくる〜〜」

 いろものスポーツにのせた替え歌の一節ですが、覚えてらっしゃいますか?

 今回はこの歌を地でいく、「真空エネルギー時代の幕明け」木下清宣(技術出版)についてレポートします。
 この本の内容は「まえがき」と第1章「早く知らせなければ!」を見ればだいたいわかります。なんだったらここだけ立ち読みすればOK。それ以上は、よい子には毒です。

 著者の主張は「この地球にエネルギー問題などない」です。もちろん、真空エネルギーがあるからです。なにせ、「エネルギーというものは、装置さえあれば、何処ででも、何時でも、何時までも、欲しいだけ幾らでも、発生できるものであって、一次エネルギー資源と云う物質的な物は一切必要ではない、と云う事を、全世界の人々に再教育するための啓蒙教育が必要なのである。」とあるのだ。
 さらに、「真空の宇宙空間で推進力を発生する方法は、ロケット噴射以外に方法が無い様に思われているが、オモリに非対称な回転運動をさせた時に発生する、非対称な遠心力で推進力が発生できて、その推力でロケットの代わりが行なえる事も、再教育せねばならない。」のだそうだ。

 これらの発明を世間にしらせねば、というのがこの人の脅迫観念らしい。「時の竹下内閣に知らせねば」と思っていたところ、その脅迫観念に応えて親切な人が議員に紹介し、国会図書館の一室で講演したらしい。正確には「講演の為に準備したのが」と書いてあるので、もしかしたら講演はとりやめになった可能性もあるが。

 さて、その内容に立ち入ろう。
 講演はまず「このままでは三十五年で人類は死に絶えます」という話から始まる。その後で「私なら、この危機を回避できる」と続くのはもちろんの事。
 以下その直後から引用。

「何故かと云うと、私は既に、燃料などの消耗資源がいらないで、無限のエネルギーを発生する方法を、峯征士(ミネマサヒト)氏に協力して実現したからであります。だからその無限にエネルギーを発生する永久エンジンを、世界に普及させて、地球上の全ての人々が自活できるように、普及させることを手伝ってもらえば、危機は全て解決できます」

 で、中曽根首相に二度も手紙で知らせたが応答がなかった、と歎いている。こんなのに一国の総理が応答してたら、その方が問題だ。
 で、彼の発明は二つある(「造っていないが理論的に成立する」んだそうな)。
 一つは、上にも書いた推進力のでるオモリの非対称な回転を使う方法。もう一つは深海底比重差発電。
 まずこのおっさん、オモリの回転速度を途中で変えることにより、遠心力がかわるから、推進力が得られる、と信じている。半周を早く動かし、半周を遅く動かせば、早く動いた時の方が遠心力が大きいから、その方向へひっぱられる、という訳だ。しかし、速度を変える時の反作用の力がちょうど逆を向いているので、実際はこの力は消し合ってしまい、推力は発生しない(当然だ)。推力が発生するように見えたとしたら、それはその機械と床との摩擦の問題だと思う(もっとも、秤にのせておくと重さが消える、とある。いやはや、すごい実験である。この結果から“赤道上以外でも静止衛星が造れるぞ”というこのおっさんもたいがいだ)。しかしこのおっさんは「これは真空中でも動く」と主張している。
 しかも、それを使うと真空からエネルギーが取り出せると言うのだ。
 その論拠ははっきり言ってよくわからない。まず、峯氏は100gのオモリ4個を使って、入力6V7A(42ワットだな)で、2kgの推力を出せた、という。これは上に挙げたように摩擦のせいか、もしくは測定ミスであろう。この機械を2台、1メートルの棒の両端にくっつけて逆向きに回転させれば、出力が得られると言う。それを認めても、とても次の一節は認められない。「もしもこの推力を用い、半径50cmで10rpsの回転速度となる様に引き回して発電機を駆動した時の理論的出力は1230ワットとなる」 結果として入力84ワットで1230ワット取り出せたから、1146ワットだ、というのであるが・・。勝手に回転速度を10rpsと、決めてるのは何故?
 普通に考えれば、摩擦を無視した理想的な回転の時で出力が84ワットになる(この場合の回転数は0.68というところ)と思わないか?
 どうもこのおっさん、回転速度は出力と無関係に決まり、よって回転速度を上げればいくらでも出力が増やせる、と思っているようなのだ。
 出しうるエネルギーと、負荷が決まれば、回転数も決まっちまうもんで、エネルギーが増える筈はないのだがなぁ。
 これで飛行機を造ればこうこうで、と夢のような計算(月まで3時間33分だそうな)をしているのが、涙を誘うよな。

 もう一つの深海比重差発電というのは、原理は浸透膜を使えば海水と真水の間に圧力が生じるから云々というものである。要は上下の端に半透膜をつけて真水で満たした管を海に沈めておくと、深海部では圧力が高いので浸透も大きくなり、その為水が下から上へ流れる、というものだ。このおっさんは管内の真水にも重さがあるという事をきれいさっぱり忘れているようだ。
 ついでに言うとこの機械がもしちゃんと動いたとすると、深海では塩分が濃くなり、浅海では塩分が薄くなる。明らかに熱力学第2法則違反だが、第1法則をすっとばしてしまうこのおっさんがこんな事でめげるわけはない。この塩分の違いが拡散によって元へ戻ると、海の水の温度が下がるので、その熱エネルギーを取り出しているのだ、と鼻高々である。

 さて、このおっさんの世迷いごとにもう少しつきあってもらおう。
 例によって例のごとく、ここでも相対論の否定が始まる。絶対座標系の登場である。黒体輻射に対して地球が動いていることから「ほらみろ、絶対座標があるじゃないか」と言うあたり、実にパターンである。また量子力学を完璧に誤解しているのもいつもの通り。
 だが、問題はもっとすごい処にあるのだ。
 このおっさん、なんと謙虚な事にこれらのアイデアは自分のものではない、と言い出すのである。戦慄の真相を国会図書館講演予講の中からここに抜き書きしよう。
(引用文中、[]内はいろものの感想)

 私は私の誕生日の午後(1987/05/19)[清家さんといいこいつといい、なんで日付をちゃんと書くのにこだわるのであろう?]に、はっきりと球形のUFOを見ました。それは上半分は銀白色の金属光沢で、下半分は艶消しの黒でした。それは上下に振動しながら西に飛んでいきました。
 私が峯氏に逢ったのは数ヶ月も後でしたが、UFOを見た話をしたら、峯氏夫妻も同じ日に東京の高速道路の上でUFOを見つけ、車を止めてしばらく観察したという話が飛び出して来ました。(中略)
 しかもUFOは私達三人に見せる為に飛んで来たらしいのです。宇宙人は人間に遠方から話かけたり、字を書かせたりする能力があるのです[断言するなよぉ]。現在の地球の科学技術ではどんな手段で可能なのかは見当もつきませんが、その能力がある事は、宇宙人の声を聞いた、そこにいる香川先生[こいつか?親切な人って?]に聞いてごらんになれば納得いくでしょう。その声は「宇宙連合だ!急げ」と言う言葉だったそうです。それを聞かれた朝、私に逢うとすぐ、「宇宙連合ってなんだろう」と聞かれました。私はUFOに乗った経験談を聞きにいった事があるので、宇宙連合と云うのが宇宙人の大組織である事を知っていたので説明しました。早く逢いに行け、という指令だったのでしょう。
 今から考えると、今までに幾度も、うまいアイデアが浮かんだ経験がありますが、それも宇宙人のささやきで教えて貰ったのかもしれません[人間の尊厳はどこへ行った、どぶへ捨てたのか?]。
 峯氏とても、自分では気付かなかったようですが、宇宙人に導かれて推力発生装置の最終案ができ上がったと思われるふしがあります[他人まで巻き込んだな・・巻き込まれてもしょうがない他人だが]。それは宇宙考古学者高坂勝巳先生の指摘によれば、古い日本のわらべうた「かごめかごめ」を解釈すると、峯氏の推力発生装置の最終試作品の細部構造まで、唄の通りになっているのでした[だからそれが宇宙人とどういう関係やねん]。

 長い引用すみません。この後宇宙人のありがたさについてのお話しがえんえん続きます。

 この本には他にも「最近のSFはなっとらん」(このおっさんも啓蒙の一手段としてSF書いたことがあるそうです。当然、売れませんでした)という話や、複素電磁理論(猪俣修二というおっさんの説)の話など、笑える話てんこ盛りのすごい本でおます。
 それにしても、このおっさんぐらい、見事に「色物」しているのは、清家さんぐらいしかおらんのじゃなかろうか。

 今回はこの辺で。今回のキーワードは「宇宙連合だ、急げ!」です。

木下清宣

 1919年熊本にて生まれる。戦中は陸軍技術将校として陸軍航空通信学校教官。戦後各種会社で技術開発に従事。著書には、『真空エネルギー時代の幕明け』の他に、『いろいろな真空エネルギー』などがある。マイナー出版社からしか本を出さない点、宇宙人から天啓を得て研究をする点など、清家新一とならぶ見事な「色物」である。



back index next