こんな恋もすてき・第33回

第三勢力:天羽[司法行政卿]孔明

このようなお手紙が突然舞い込んだりしたら、そざ驚かれることだろうと思いますが、おゆるしください。でも、どうしてもあなたに伝えたいことがあったのです。どうか最後までお読みください。
 私は、あなたの勤務する秋葉建設の設計部に出入りしている、黒田開発営業部の営業担当です。こう言えば受け付けにいらっしゃるあなたのこと、私のことが、ご記憶におありのことと思います。
 業界大手の秋葉建設さまの担当である以上、企画開発提案については、いつも新鮮で、かつ大胆なものを求められ、仕事の厳しさは格別なものですが、受付でいつも変わらぬ挨拶をしてくれるあなたの笑顔を拝見し、帰り際に「どうもお疲れさまでした」とお声をかけていただくたびに、その日の苦労が報われたような気持ちになります。
 あなたがお席をはずしている日には、風邪でもひかれたのではないかとか、結婚退社されて、もうお目にかかれないのではないかとか、さまざまな不安、心配で、仕事が手につかなくなることもあります。また逆に、あなたにお会いし、あなたのその少女のような微笑みにふれられた日は、その日一日の活力を与えてくれ、今日も頑張ろうという気持ちになるのです。最近では、あろうことか、大した用事もないのに秋葉建設さまを訪れるようになってしまっています。また、休みの日でも、あなたが休日出勤しているのではないかと、秋葉建設さまの前まで行ってしまう事もあります。
 先日は、失礼かとは思いましたが、仕事を終わられて自宅に帰られるあなたの後ろをついていってしまいました。ほら、4日ほど前ですよ、仕事帰りに駅前のヘアーサロン『フロール』に立ち寄られた事がありましたでしょう、あの日です。
 ちょっと寒かったけど、ヘアーサロンの前の路上で、あなたが出てくるのをずっと待っていたんですよ。
 あぁでも、けっして変な気持ちからではないのです。
 ボクの事を、厭らしいストーカーだとは思わないで下さい。
 どこであなたに声をかけようかと思案しているうちに、あなたがそのヘアーサロンに入ってしまったのです。
 3時間ほどして、ヘアーサロンから出てきたあなたを見て、正直ボクは驚きました。なぜって、なんだかあなたが、いつも以上に輝いて見えたからです。勝手な想像から、まるであなたがボクから愛の告白を受ける準備をして出てきたのでは無いかと思えたのです。
 しかし、少々気の弱いボクは、結局あなたに告白をする事ができず、ただ、あなたの家にまでついて行くことしか出来なかったのです。
 だからその日は、あなたの部屋の明かりが消えるまで、ずっとあなたの家の前にいたのですよ。ですから、その翌日、朝一番であなたの会社へとお伺いし、受付であなたをみかけるなり、「昨日はごめんなさい」と言ってしまったのです。
 あなたは、なんだかキョトンとして、なんだろうって顔をしていましたね。でも、いいんです。きっとそれは、あなたも照れていたんでしょう。あるいは、あなたの隣に座っているもう一人の受付嬢に遠慮をしての配慮だったのかな?
 そういえば、その、もう一人の受付嬢、橋村さんでしたっけ? 彼女は、なんだか嫌な感じの女性ですよね。ボクがあなたの会社に行くと、露骨に嫌な顔をするんですよね。それに、ボクは知っているのです。ボクが受付から離れるなり、あなたになにか嫌なコトを言っているのではないですか? いつもあなたの方に向かってなにかを言っているでしょう。あれはきっと、ボクとあなたの仲を妬いているのでしょう。きっとそうに違いないとわかっています。あんな受付嬢は、即刻クビにすべきだと思います。そうだ、今度あなたの会社の人事部に、苦情のメールを出してあげましょう。あなたもその方がいいと思っていますよね。えぇ、わかっています。心優しいあなたですから、あんな彼女にも同情しちゃうんでしょうね。でも、ボクに任せて下さい。大丈夫です。えぇ、大丈夫ですよ。

 あぁ、ごめんなさい。あんな女の話をする為に、この手紙を書き始めたんじゃなかったですよね。話を戻します。
 えっと、そう、それで、昨日の話をしましょう。
 昨日もボクは、あなたの後をついて帰ったんです。あなたは時々後ろを振り返ってましたよね。あれは、ボクがちゃんとついてきているかどうかを確認していたんでしょ。大丈夫。ちゃんとついていけましたよ。
 それからあなたは、時々小走りになってましたよね。あれは、はやくボクを家につれて帰りたかったんでしょ。それもちゃんと知っていました。でも、そんなにあわてなくっても大丈夫ですよ。なぜって、ボクはずっと前からあなたの家を知っていたのですから。でも、なかなか勇気が出なくって、これまでは声を掛けることが出来なかっただけなのですから。
 あぁでも、昨日はようやく声を掛けることが出来ました。
 あなたは、ちょっととまどっていたのかな? でも、あなたも知っていた、いや、気づいていたのでしょ、ボクが声を掛けることを。
 すぐに抱きついたのには驚かれたコトとは思いますが、でも、ボク、ホントウにあなたの事が好きで、辛抱が出来なかったのです。
 あなたは少し抵抗をしましたが、でも、それは恥ずかしかったからなのですよね。
 えぇえぇ、それもこれもみんな、あなたがボクの気をひくためだったんですね。わかっています。ママが言ってました。少し抵抗するのは、好きってコトなんだって。そうなんでしょ。いいんですよ。だからボクも、昨日はあのままこうしてあなたをボクのこの部屋へと連れてきたのですから。
 目の前にあなたがいるのに、なんだか直接話しかけるのが照れくさくって、こんな手紙を書いているのですが、あなたがここまでついてきいるのですから、本当はもうお手紙なんか書く必要はないのかもしれませんね。
 だってあなたは、もうずっとここにいてくれるのでしょう?
 実は、以前この家に招待した木村工業の伊藤紀美子さんや、高橋商会の篠原杏子さん達は、この家にきて、なんだか数日で醜くなってしまったんですよ。
 あっ、嫉妬なんかしないで下さいね。あんな人たちより、ずっとずっとあなたの方が美しいです。それに、潤子さん。あなたは大丈夫。これからも、決して醜くならないようにしてあげました。そりゃあ、もうあなたの声が聞こえなくなったのは、ボクとしてもつらいのですが、でも、それであなたのそのかわいらしい笑顔が永遠にボクのものになるのなら、その程度のことはしかたがないですよね。

首だけの恋人



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