キスした人・第29回

第三勢力:溝口[日本沈没]幸生

う〜。困った。もうすぐ締め切りと言うのに、全く書くネタが出て来ない。世間はワールドカップの決勝をブラジルが制してで盛り上がっているようだが。こちらはエディタ画面を前にしてウンウンと呻吟している。
 ま、何とかして書き上げなければ寝れないので、頑張るとするか・・・
 ワールドカップと言えば、昨日仕事を受けている営業の方から聞いたのだが、お隣で共催の韓国、大会が開会されてからほとんど仕事をしていないそうで、納期遅れの仕事が続出しており、取引している日本の某大企業はカンカンだそうだ。そのおかげで、普段は韓国で受けていた仕事がかなり日本の方に回って来ていて(そりゃ日本の国内設備はこの不況で遊んでいるのが多いものな)、業界は大忙しだとの事。道理で6月後半から無茶苦茶忙しかった訳である。
 全く話は変わって、今回は単車話などを・・・・
 随分昔の事だが、私も中型2輪免許などを持っているので400ccの単車などに乗っていた。悪名高い3無い運動のおかげで単車禁止の学校が多かった様だが、私の卒業した高校は免許を取る事自体禁止では無かったので、免許だけは高校生の時に取っていたのだが、高校生に高価な自動2輪など購入出来る訳も無く、兄貴のお下がりの原付バイクに乗っていた。その後、自分で稼ぐようになってから改めて中型バイクを購入して乗っていた。
 当時は今とは比べ物にならないくらい痩せていたので体脂肪率も低かったし、そのせいかまぁ寒がりでは有った。活発に転がしていたのは1年の内の春から秋までで、冬場は殆どごく近場の足としてしか使っていなかった。一部の友人などからは冬場と雨の日はまず乗らない「季節ライダー」などと揶揄されていたが。
 この原稿を書いているのは6月30日。指先とつま先が段々痛くなりそしてしまいには感覚が無くなる寒い冬と並んで、屋根が付いているピザ屋出前バイク以外(当たり前だ)の殆どの単車乗りの大敵、そう、梅雨真っ盛りである。締め切りと格闘しながらの今も、外は雨。こんな夜は林憶連のフェイス&プレイスでも聴くとしよう。
 梅雨と単車と言えば思い出すのはまだ昭和だった頃、7月の頭から1週間ほど休暇を取り福岡の実家に帰省した事が有る。まだ梅雨明けしていないので天気の方は大丈夫かなと思っていたのだが、もうそろそろ梅雨も終わりだから天気の方は大丈夫であろうと楽観的に考えて、フェリーの切符を買った。腰に不安を抱えているので、いくら単車が好きとは言えども夜通し高速使ってひたすら西に走るのは辛い。雨の不安も有るし。それにフェリーを使った方が高速代と較べるとお得だからである。
 前夜、ビールを買い込みフェリーに乗り込む時は晴れた夜空で、少しほっとしていた。船内販売のブツは割高だからと、あらかじめ移動途中に見つけた酒屋で買出しをして持ち込んだビールをチビチビとやりながら、翌日の予定をあれこれと考えていた。2等船室だったので、当然雑魚寝だったが、たまたま一緒だったポートピアと高野山の旅観光ツアーを終えたおば様方が消灯時間を過ぎ深夜になってもお喋りしていたので、中々寝付けない。あまりにも五月蝿いので、このまま簀巻きにして瀬戸内海の魚のエサにしてやろうかなどと、物騒な事を考えてしまったりもした。結局、おば様達の回りで寝ていた人達からやかましい黙れと怒鳴られてピタリと静かになった。少しかわいそうな気がしたが、ま、消灯時間過ぎてまで騒いでいるので自業自得だ。
 明けて翌日、前夜の甘い見通しを裏切る様に天気は悪く雨が降っている。流石に梅雨明けはまだだった。恨めしい気分で空を見上げる俺を乗せたフェリーは雨に煙る関門橋を通り抜け、小倉港に到着した時は土砂降りの大雨。空を見上げてこりゃかなわんなぁと思ったが、こんな所で駄々をこねていても晴れる筈も無い。仕方が無いのでこの日寄り道する予定だった場所は取り敢えずパスして、真っ直ぐ実家に帰る事にした。
 フェリーが岸壁に接岸して、前扉が開くと共にアクセルを捻って走り出す。自家用車の場合と違い、単車はトラックと同じ船倉に入れてもらえるので、素早く上陸出来る訳だ。この辺はありがたい。北九州市街に入ってどうかしたら前が見えなくなりそうな土砂降りの雨の中を走る。こんな事になるなんて日ごろの行いが悪いせいなのか。予定では時間を稼ぐ為に九州自動車道を使うつもりだったが、こんな悪天候の日に高速なんかは危なくて走れない。そんな訳で国道3号線を西へ西へとひたすら走る。天気が良ければ他に走る単車も居るのだろうが、生憎とツーリングのライダー仲間とはとんと出会わない。流石に単車で走っているのは俺だけの様だ。ま、そりゃそうだわな晴れている時なら走る気にもなるが、こんな天気ではなぁ。
 さらに走り続ける。一応合羽を着ているが梅雨時の蒸し暑さのせいで、汗と湿気で中はグチャグチャである。胸も背中も下半身も水を吸ってボテボテになったブーツの中もすべて気持ち悪い。水は通さないが湿気を外に通すというゴアテックス素材の合羽ならば少しは楽なんだが。これでは合羽を着ている意味が無いなぁなどと、一人苦笑する。遠賀川を越えた所で、やっと対向車線から走って来るライダーとすれ違う。お互いこんな天気の中走らなければいけないなんて大変だよなぁと思いながら、どちらが先にという事も無くごく自然にピースサインを交わす。お互いフルフェイスのヘルメット越しなので表情は判らなかったが、何となく気持ちが通じた気がした。
 福岡市内に入るとやっと雨が止む。早速うっとおしい合羽を脱ぎ、見覚えのある風景の中を走る。もう少しで我が家だ。単車を納屋にしまい込み、ヘルメットを脱ぐ。時計を見ると4時前。北九州到着が昼前だったからほぼ4時間といった所か。焦って事故を起こしたくなかったから、ペースを落として走ったせいで、少し時間が掛かった様だ。
 実家では梅雨の合間を縫って唐津から名護屋まで走ったり、ちょっと足を伸ばして長崎まで走って昼飯食って帰り、久しぶりなので近場の浜辺に出かけて投げ釣りで鱚を狙ったりした。キス(釣り)したひとと言う訳である。天候が悪いと鱚はあまり餌を追わなくなるので、それほど期待をしていなかったが、23センチ級を筆頭に10から15センチ級がそれなりに釣れたので意外であった。
 その後乗り換えた単車は、実家の納屋に置いていた時に盗まれてしまった。思えば悲惨な末路ではある。

ミッチのキスでかんべんしてネ


back index next