谷甲州は無謬である
−外惑星の素材資源−

岩瀬[従軍魔法使い]史明

 で、最初のテーマは、「資源」です。それも、エネルギー資源についてはまた別にふれることとします。つまり、物質的に、外惑星での自給はどの程度可能か?ということを検証してみたいわけです……

 まず、航空宇宙軍史での記述から。
 「カリスト−開戦前夜−」を読むと、外惑星の輸入品目で、社会の存立が危ぶまれるような対外依存度をもっているのは、実は重金属だけであることがわかります。(重金属だけ……といっても、機械類は航空宇宙軍史では金属依存度が大変高いようですので、深刻なわけです)それも地球−月圏からでなく、小惑星帯から輸入しているのです。(つまり小惑星帯は戦前の日本における南方のような戦略価値があったわけです)これは後に述べる小惑星の物質組成からしても、極めて妥当な設定と思われます。
 食料については、「エリヌス−戒厳令−」など、航空宇宙軍による封鎖下の生活が苦しかった等の描写から、「それじゃあ食料も輸入していたわけなのか?」と一瞬錯覚してしまった読者もいたと思うのですが(実は私はそうでした)、よく読むとそうは書かれていません。(地球産の食料はあくまで高級消費材だったようで、なくても生活できる、とはっきり書かれています)
 「最後の戦闘航海」にこのあたりの事情が描かれています。航空宇宙軍による封鎖下の生活がなぜ困難なものだったかというと、食料やエネルギーの自給施設のメンテナンスができなくなっていったからなのです。戦争末期では生産基盤に必要な資材まで軍用に徴用されがちですし、重金属の禁輸によって必要な部品等の生産も困難になる。封鎖下での生産設備の劣化は悪循環しか生まないわけです。外惑星系では、ただ生きていくだけでも大変です。真空・低温下で居住・生産環境を維持していかなくてはならないのですから。また木星や土星衛星は本星の巨大な磁場圏の中にありますからそのあたりの障害もけっこう大きいかも知れませんし、自然の隕石以外にも、戦闘によって生じた各種破片がある程度ふりそそぎますから、大気というバリアのない外惑星系では、生活基盤設備はメンテなしでの長期間維持は不可能に違いありません。
 ところで、このへんで疑問がでるかもしれませんね。外惑星系に有機物はあるのだろうか? 完全閉鎖系っていっても本当に完全にはならない(特に甲州ワールドではきっとそうだ)。有機物のストックがなかったら、死体までリサイクルしたって足らないんじゃないか?と。だけど、外惑星系にも有機物はあるのです。
 例えば、下の図表を見て下さい。これは木星の最上層大気をスペクトル分析したものです。図のように、成層圏でもけっこう濃い大気が存在しますから、もし木星上層大気から重水素等を採取しているのであれば、その残り粕は有機原料として安上がりに使用できるはずです。
 もし……と書きましたが、航空宇宙軍史では、木星や土星大気から重水素等を採取するという記述は、全くありません。確かに、超絶規模の雷が絶え間なく鳴響き、秒速百メートル以上の偏西風(赤道付近)吹荒れるところからくみあげるのは、様々な技術的困難が予想されます。とはいえいったん生産ラインが確立してしまえば大変魅力的な資源宝庫になると思うのですが。この辺については来月検討します。
 で、航空宇宙軍史では重水素採取がどう設定されているのかというと、衛星上の氷から採取していることになっています。マイナス100度以下の氷をわざわざ溶かしさらに分解して採取するわけですが、副産物の酸素も水素も別に用途がありますし、核融合炉の燃料自体を採取しているんだから特に問題はないでしょう。採取した重水素をコンテナ化してしまえば衛星上から直接電磁カタパルトで射ち出せると言うのも魅力です(航空宇宙軍史でもそう設定されてます)。で、その氷の中にもかなりの有機物が含まれている可能性はあります。ただ、雷による有機合成……というのが木星大気に含まれる成分のいかほどを占めているのでしょうか。表に載っているような低分子なら、雷による合成云々はあまり関係無いのか?(星間物質にすら低分子有機物が存在するそうですから) 皆さんはどう思われますか?
 なお、タイタンに於いては地球の1.5倍の地表気圧をもつ濃い大気があり、その数%がメタンと考えられていますから、有機原料に苦労することはないでしょう。
 炭素は、石質にも含まれています。特に、小天体を構成する石質は、誕生時以降熱溶融を受けていないものすらあり、しばしば有機物や含水鉱物、揮発性成分が閉じこめられたままになります。C型といわれる暗くて炭素含有率が比較的高い石質小天体はごくありふれており、いわゆる小惑星の75%はそうです。ガリレオ衛星以外の衛星については何型か資料がないのですが、8つの外衛星は捕獲衛星らしいといわれており、とりあえず小惑星と同様に考えてよいように思います。
 ガリレオ衛星ぐらいの大きさでは再溶融期を経ていますが、地球のような活発な地殻運動は、イオ以外では現存していません。かつてはあったかもしれないらしいですが、ガリレオ衛星の地殻運動は氷のそれですから、地球よりもずっと低い温度で起り得ます。従って、炭素等軽い成分を含む割合は、ガリレオ衛星の石質でも地球より高いと思われます。ガニメデ・カリスト・エウロパの地殻は氷でできていますが(しばしばマントルまで氷又は水)、カリスト地表は表面反射率がやや低く、泥や岩石で表面が蔽われている部分が多いと考えられています。
 で、重金属なのですが。小惑星の15%くらいは、中ぐらいの表面反射率をもっているS型だそうで、鉄とマグネシウムを主成分とする。と推定されます。またM型−明るくて鉄とニッケルからなると思われるものもあります。外惑星系における重金属の主産地が小惑星帯だ、という設定はまことに自然なもの、なのですが。
 問題は、木星の外衛星や土星のタイタン以外の衛星です。捕獲衛星ならこれらの衛星にS型やM型があってもおかしくないわけですね。現在発見されてる衛星についてどうかという資料も手元にないのですが、たとえ既発見の衛星がことごとくC型だとしても、未発見の小衛星がS型やM型の場合……なにせ地球の鉱脈と違ってこれらの衛星は主成分が金属ですから……重金属も自給できてしまうのではないか?ということになるのですが……いえ、勿論、谷甲州は無謬です。
 航空宇宙軍史の世界では、もしそんな衛星があったとしてもミッチナーがどこかに隠してしまうに違いありません。だってそうなったら戦争ができなくなるかもしれないじゃないですか!!!

表1
図1
図2

 マイナス100度以下の氷
 衛星上における気温の実測値は資料からみつけることができなかったのですが、太陽のみを熱源とすると、木星軌道においては105K(マイナス168度、ただし黒体のとき)になるそうです。ただ木星表面の実測値はそれよりやや高く123K、これは木星の重力収縮のせいらしいとか。

参考資料:「現代の惑星学」小森長生著 東海大学出版会 ほか



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