考証アクエリアス
その値段と人件費

林[艦政本部開発部長]譲治

 フリゲート艦アクエリアスの値段と人件費などの維持費は現在の貨幣価値に換算するとどれくらいになるのだろうか?
 この疑問については諸説があるが,既刊の航空宇宙軍史や実際の海軍の状況などから考えてみたい。

 航空宇宙軍史のなかでアクエリアスの値段を考察する上でのもっとも重要と思われる記述は「巡洋艦サラマンダー」のP52にある。このアクエリアスは従来のフリゲート艦とは異なり旗艦設備が最初から装備されているのである。これは単にアクエリアスのみならず,タウルスについても旗艦として言及されていることからもゾディアック級フリゲート艦すべてに旗艦能力があると言えるであろう。
 この時代に応急処置的なものではなく恒久的な旗艦設備を持ったフリゲート艦がシリーズとして建造された背景は興味深いものがあると思う。旗艦と言う存在が従来の航空宇宙軍のフリゲート艦に対する思想の変化を表すものだと考えられるからである。
 航空宇宙軍とは知っての通り当初は警察活動が主な任務であった。従って宇宙船も警備艇やいまから見れば旧式のフリゲート艦からはじまったのであろう。なぜなら軍備よりも組織の結成の方が先だったからである。この時点では戦闘用宇宙船はまだ研究途上にあったはずである。
 このような状況下では戦力の整備・向上とは単純に使用する個々の宇宙船の性能向上を意味していた。警備艇よりフリゲート艦,旧式艦より新鋭艦である。また宇宙船の絶対数が不足している(軍隊はいつの時代もそう考えるものだが)と言う認識のもとでは戦力の増強=艦の数であった。
 しかしながら長年に渡る戦力の整備の増強の結果,外惑星動乱直前には航空宇宙軍はフリゲート艦だけでも30隻以上を保有するにいたっていた。こうなると従来のような個々の艦艇の自由裁量で艦を運営して行くやりかたにも限界が起きてくる。
 多数の艦艇を効率よく運営するには艦隊を組織する必要がある。ようするに艦艇の数が少ない時代にはそもそも艦隊運用と言うものが非現実的な話であったのでそのようなものを考慮する必要が無かったわけだ。
 艦艇が少なく守備範囲も限られていた時代なら宇宙船の管制もアトランティックステーションですべてが可能であったろう。しかし,管制すべき宇宙船の数の増加と守備範囲の拡大は艦隊旗艦能力をもった宇宙船の必要をせまるのには十分な理由になったはずである。特に守備範囲の拡大は情報伝達に光の速度の限界と言うものが深刻な問題となる。秒速1000キロも出る宇宙船相手に通信だけに1時間も2時間もかかっては有効な管制は到底望めない。
 ゾディアック級フリゲート艦登場の背景にはこのような航空宇宙軍の組織拡大にからむ警察力から軍隊へとより戦闘集団としての性格の変化を見ることができると思う。つまり専門の艦隊旗艦能力を持ったフリゲート艦の登場は航空宇宙軍の思想が個艦能力重視から艦隊運営重視に転換した事を意味すると言えるだろう。
 もっとうがった見方をすればこのあたりから航空宇宙軍の統制志向がますます強まっていったと言えるかもしれない。
 ともかくゾディアック級フリゲート艦は戦闘用宇宙船として従来とは一線を画する性能の他にも背後にある思想の上においても新しい宇宙船なのである。しかしながら,ゾディアック級フリゲート艦は完全に旗艦能力に徹した宇宙船ではない。個艦としてみてもその能力は画期的なものである。特にその大型化ゆえの汎用性(旗艦能力もこの中に含まれるであろう)は類を見ない。
 これはつまり航空宇宙軍内部においても艦隊重視の思想があるなかで,艦隊運営の研究が未熟である(この時期,航空宇宙軍は一度も実戦の経験が無いのである)ために従来の個艦能力重視の思想が払拭できなかったためであろう。
 ただエリヌス戒厳令でもわかるようにアクエリアス(と他のゾディアック級も)はその高い汎用性ゆえに20年後でも大規模な改修を受けて現役艦として活躍している。改修の内容は主に艦載機の搭載だがこれはかつての艦隊重視の思想から再び個艦重視の思想に戻ったためであろう(現実の海軍でもよくある事である)。察するにこれは外惑星動乱のサラマンダー追跡のさいに太陽系最大の艦隊を動員しながら,結局は艦隊が直接にはサラマンダーを撃破も捕獲もできなかったためではないだろうか。しかし,だとしたらその責任は艦隊より艦隊戦の研究が不十分な事にあると思う。
 値段に関わってきますのでアクエリアスの旗艦能力を検証してみるとこれが凄い。第3戦隊は通常10隻のフリゲート艦で運営されているとある。しかし,サラマンダー追跡においては艦隊司令部のサポートがあったとは言え30隻あまりの艦隊を指揮していたのである。場合によっては1AU以上艦と艦が離れることも考えられる宇宙において30隻の宇宙船と回線を維持し,状況を把握するための情報処理能力は特筆すべきであろう。しかもアクエリアスはジュノーや艦隊司令部とも回線を開けるのである。
 ところで下の表をみてもらいたい。これは海自の護衛艦の建造コストの比較である。はるな(DDH)は1968年,はたかぜ(DDG)は1981年度予算である。トン数ははるな4700トン,はたかぜ4500トンである。

建造費比率
建造費 船体 エンジン 搭載武器
はるな      91億円   49%    9%   42%
はたかぜ 599億円   25%   10%   65%

ほぼ同じトン数にもかかわらず13年の間に建造費は6倍以上にはねあがっているのが分かると思う。むろん物価の上昇もあるので実質的な建造費は6倍も増えてはいないだろうがそれでも大幅な建造費の増加であることは間違いがない。
 ここで大事なのはこの13年の間に建造費の中で船体の占める割合が減少し,かわりに搭載兵器が占める割合が増加したことである。建造費そのものが増加しているなかでのこの比率である。戦闘指揮・情報処理装置の機能向上(はやい話がコンピューターが大きくなる)で船体より搭載武器(システム)が建造費を大きく左右する傾向がこれでも分かっていただけると思う。
 さて,ここまでの記述で何を言いたいのか。アクエリアスをはじめとするゾディアック級フリゲート艦は通常のフリゲート艦よりぬきんでた通信・情報処理能力を持つがゆえにとてつもなく高価な宇宙船であるということである。おそらく航空宇宙軍でもっとも高価な宇宙船であろう。
 これらのことからアクエリアスの建造費を考えてみる。つまり現実の海軍でアクエリアスのような性格と目的をもった軍艦の建造費を考えてみるのである。おそらくそれが航空宇宙軍史の時代におけるアクエリアスの建造費を現在の貨幣価値に換算した値として考えた場合,もっとも適当だと思われるからである。
 まず最低価格を押さえよう。海自の第一戦隊旗艦にしらね5200トンがある。この護衛艦(DDH)が指揮する護衛艦は8隻,つまり通常の航空宇宙軍第3戦隊の編成とほぼ同じである。このしらねの建造費がだいたい600億円らしい。
 次に最高価格を押さえる。アメリカ第7艦隊の旗艦ブルーリッジは,最初から旗艦として建造されたはじめての船(19000トン)である。これと同じタイプは第2艦隊のマウントホイットニーしかない。このブルーリッジが指揮する艦艇の数は75〜80隻になるという。この75〜80と言う数字は航空宇宙軍の全艦隊よりも多い。
 ブルーリッジの建造費は生憎と分からないが原子力空母とほぼ同じ値段らしい。原子力空母は日本円で3000億円程度だから,ブルーリッジもこのくらいだろう。
 以上からアクエリアスの建造費を現在の貨幣価値に換算すると

    600億円 < アクエリアス < 3000億円

となるだろう。おそらく2000億円あたりが妥当と思われる。

 なお米1俵を計算し易いように1万円とすると2000億円は米2000万俵に相当する。したがって90年6月の大阪例会における【アクエリアス=米2000万俵】はじつは正しい価格であったと言えるでしょう。

 アクエリアスの維持費と乗組員の人件費は次回以降の予定。

 今回の原稿に使用したデーターは,
  『世界の艦船 特集・艦隊旗艦物語』    1990.6  No.422
  『世界の艦船 特集・シーパワーの経済学』1990.12 No.430
  を参考にいたしました。

 ちなみに今回のゾディアック級フリゲート艦の建造費見積は私が手にはいる範囲のデーターから見積った数字です。その前提として,性能の向上と技術のコストパフォーマンスはほぼ比例関係にあり,同じ(性質の)任務の機械の建造にかかる経済全体にしめる貨幣価値はほぼ同じオーダーであるとしています。現実の艦艇の建造コストを参考にしたのはこのためです。
 したがってこの数字に異議を唱える方もいらっしゃると思いますし,いるべきです。むしろ多くの方がそれぞれの観点から建造費(でなくてもよいのです)を考え,発表する中からより合理的な数字が現れるものと確信するしだいです。




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