はぁーい! あけまして、おめでとうございまーす!
今年も一年、がんばってこの連載を続けるので、みんな応援してちょーだいね。
と、無事規定の挨拶もすんだし、とりあえず本文、いってみよーかぁ!
今年最初のテーマは、『変』です。
しかしなんですなぁ、自分でこのテーマを選んでおきながらこんな事を書くのもなんなんだけど、年明け一番のテーマに『変』を選んでしまうあたりが、まさしく『変』な事だったかな……。おまけに、この文章を書いている今現在は、まだ十二月なんですよね。これもまた『変』な事だね。うんうん。でもまっ、それもいいか……。
ところでぼくは、友人や知人からよく『変な奴』って言われています。自分じゃそれほど『変な奴』だなんて思ってないし、出来る事なら『変な奴』って言われるより、『妙な奴』って呼ばれたいなぁって思ってたりします。もっとも、『変』と『妙』の違いがなんだって言われたって、なかなか説明が出来ないんですね、これが……。でもほら、なんとなく『妙』って言う言葉の響きのほうが、『変』っていう言葉のそれよりもいいと思いませんか? 思うでしょ、ねぇ、どう? でもまぁこんな事を言うあたりが『変』なのかもしんないけどさ……。
そういえば以前母親が「あんたは小さい時から『変』な子やった」って言ってたから、ひょっとしたらぼくは筋金入りの『変な奴』なのかもしれませんね。
それにそう、今思い出したんだけど、息子のガジラ君が生れたとき、一目見るなり、この子、なんか『変』やわって思ったんですよ、ぼく。これってひっとしたら、我が家の血筋なのかしらん。
まぁ、ぼく達親子が『変』かどうかはこの際置いておくとして、『変』っていう事自体は、とても好きです。もちろんこんな事をわざわざ書かなくったって、今日までこの連載を読んできたみんなには、言わずもがなの事だね。
つらつらと思いかえすに、どうやら物心ついた頃にはもう『変』というのがすごく好きな子供やったように記憶しています。
『変』って言うのは、まぁなんていうか、普通ではない状態の事を言うんだと思うんだけど、じゃあ、『普通』ってどういう状態の事を言うんだろう? たとえばひとつの事柄に対して、全体の何パーセントぐらいがあつまったら、それを普通と呼んで、その逆に、何パーセントぐらいやったら『変』って言われてしまうんやろか?
たとえば、ぼくの音楽の趣味なんかもよく友人なんかから「『変』だ『変』だ」と言われるんだけど、それにしたって、同好の志があつまったら、それが普通になってしまうんだよね。でも、やっぱりそれは、全体から見れば『変』である事にはちがいないんだと思うんですよ。きっと……。
それでもぼくが『変』に興味をもち、より『変』な物を求めてしまうのは、『変』って言う言葉がもっているエリート意識みたいなもんに憧れているからじゃないかって思うんです。そりゃあ、『変』はエリートなんかじゃないって言う意見もあるとは思うんだけど、なかなかどうして、そんな事はないんですよ。だって、エリートっていうのは限られた小数の事なわけでしょ。で、『変』もまた、その限られた小数の事じゃないですか。これすなわち、『変』イコール『エリート』ってわけです。うん。われながらなかなか鋭い三段論法じゃわい。わはははははは! って、あれっ? なんだか当初ぼくが書きたかった事と違う方に話がすすんでしまったぞ……。こまったなぁ―。
そもそも今回ぼくが書きたかったのは、街に溢れる色んな『変』についての考察みたいな事だったんですよ。音楽や、本や、映画の事や、もっと、なんていうか……、人や、店や、町並みやなんかさっ。でもまっ、いいか……。それはまた、いずれかの機会にでも書くとしますね。
とにかくぼくが言いたいのは、『変』って言う事が、みぃーんな大好きなんだぞって事なんです。はい。
そんなわけで今回は、自分の好きな『変』について小理屈をこねてみただけなので、そこの君、あまり真剣に読まないように……。
ともかく、今日も今日とて街に溢れるより凄い『変』を求めてさすらうぼくなのさ。
さて、『変』の事はすっかり忘れて、次回は『師匠』について書いてみます。
んじゃ、またね・・・。
追記・・・
今回ちょいと気まぐれに、口語調で文章を書いてみました。大阪弁の発音で読んでもらえると、うれしいなぁー、なんて思ってます。
『グレートヒット・国本武春』を聞きながら・・・。
1993.12.15, AM,05:06,