あれは忘れもしません。いまから二十年以上も前、小学校三年生の時でした。
小学校の中庭で、日光写真の実験をしている時の事だから、初夏の頃だったはずです。ちょうど印画紙の上に木の葉や小石をおいて日光で定着させている時、つっと一人の友達がぼくの近くによってきて、こんな事を言ったのです。
「アメリカで本当にあった話しなんやけどね、ある人が、毎晩毎晩寝る前に、百回ずつ『魔法使いになりたい』って言い続けたんやって。そしたらその人が九十九歳になったとき、本当に“魔法使い”になってしもたんやって。これ嘘ちゃうねんでぇー、ほんまの話しやねんでぇー、すごいやろ!」
その友達の名前は忘れてしまったんだけど、その台詞だけは鮮明に憶えています。
「そんなあほな事があるわけないやんか!」と、その時ぼくは、そのように答えたはずです。
だって、あまりにも嘘っぽいし、そんな事を信じてしまうような奴だと思われたくなかったんです。でもぼく本当の事を言うと、ひょっとしたら本当にそんな事もあるんじゃないかって思っていたんですよね、その時……。
もしも本当に“魔法使い”になれたなら、どんなにすばらしい事でしょう。
宿題だってすぐにやってしまえるし、テストだっていつも百点です。もちろんかけっこをしたって誰にも負けないし、いつでも好きなオモチャを出す事だってできるのです。
それに、そう、ぼくにとって一番の夢である“忍者”にだってなれてしまうのです。おぉ、なんとすばらしい事でしょう。そりゃあ“魔法使い”になっているのだから、いまさら“忍者”になんかならなくったっていいようなもんなんだけど、そこが子供の子供たる所以てなもんです。はい。
今になって考えたら、なんとチャチな事に魔法を使おうと考えていた事かとはずかしくなるのですが、その時は必死でした。
ともかく魔法使いにさえなれたなら、どんな夢だってかなうはずだし、もうぼくには不可能はなくなってしまうのです。
ところがここに、大きな落とし穴がある事に気がつきました。
それは、毎日百回ずつ言い続けても、九十九歳にならないと魔法使いになれないという事実だったのです。
そもそも九十九歳だなんて、そんなに生きていられるものなんでしょうか? 小学三年のぼくにとっては、九十九歳まで生きていれば、それだけで充分に“魔法使い”のように思えたのです。まぁ仮に百歩ゆずってぼくが九十九歳まで長生きできたとしても、そんな年になってまで、宿題じゃの、オモチャじゃのと言っている場合ではない事ぐらいは安易に想像がつきます。“忍者”になれた所で、はっきりいって引退している年でしょう。こんな事では困るのです。
しかも、追い打ちをかけるような事実が、さらに発見されたのです。それは、“魔法使い”は万能じゃないという事です。
この事実を知るまでは、とりあえず“魔法使い”にさえなってしまえばなんでもできると思っていたので、魔法の力で若がえってしまえば問題はないと考えていたのです。
ぼくにこの事実を教えてくれたのは、一歳年上の姉でした。
「“魔法使い”がなんでもできると思ったら大きな間違いやで! だって、サリーちゃん(『魔法使いサリー』の事です)だって出来ない事はいっぱいあったもん」
まるでぼくの心の不安をかきたてるかのように、こともなげに姉はそう言ったのです。 ぼくにとっては、二重三重のショックでした。
いったいどうすればいいのでしょう……?
そこで、色々と考えた末に、ひとつの案がうかびました。それは、その“魔法使い”になった人が毎晩百回ずつ言い続けて九十九歳になった時に“魔法使い”になれたのなら、毎晩千回ずつ言い続ければ、その十分の一の日数で“魔法使い”になれるんじゃないかと言う事です。しかも、『魔法使いになりたい』ではなく、『どんな事でも出来る人になりたい!』って言い続けた方がいいんじゃないかと思い、その日から毎日それを実行にうつす言にしたのです。
ところが、実際に計画を実行してみてわかった事なんですが、この、『毎日千回』っていうのは、なかなかに大変なんです。けっこう時間もかかるし、百回さえも言えない内に寝てしまったり、ついつい、もしも本当に『どんな事でも出来る人』になれたなら、あんな事も出来る、こんな事も出来るって想像している内に寝てしま
ったりするんですよね……。
それでも、二年ぐらいはこの『毎日千回』ってのを続けていたと記憶しています。その後も、回数こそ少なくなって行きましたが、言い続けるのをやめませんでした。
実は今だに、折に触れては呪文のように唱えているのですが、幸か不幸かまだぼくは『どんな事でも出来る人』にはなれていません。
そのかわりと言ってはなんですが、『どんな“ほら”話しだってでっちあげられる人』にはなれたみたいです……。
どっとはらい・・・。
次回のテーマは、『ショート・ショート』です。ではまた・・・。
LD版「魔女の宅急便」を見ながら・・・。
1993.09.08, AM,00:30,