天ちゃんの・捜妖記
さとり

天羽[司法行政卿]孔明

 さてみなさんは、『さとり』という妖怪をごぞんじでしょうか?
 『さとり』は、おもに山の中に住んでいる妖怪で、時折人の前に現れてはその人の考えている事を次々と言い当て、相手の驚くさまを見ておおいに喜ぶといういたずら物の妖怪であります。もっとも、中には驚かす事によって相手を発狂させたり、また、次々と考えを先読みして、最後には呆然とする相手を取って食らったりする物もいたといいますから、なかなか侮れません。

 『さとり』について、ひとつ、こんな話しがあります。


 ある時、ひとりのきこりが山の中で道に迷ってしまい途方にくれていた所、突然目の前に一匹の妖怪があらわれたのです。
 その妖怪は、全身毛むくじゃらで、口は耳元まで裂け、その口の中には何本もの牙が覗いており、みるからに恐ろしい形相をしておりました。
 “なんと恐ろしい妖怪があらわれてしまったものよ・・・”ときこりが考えていると、「おまえは今、“恐ろしい妖怪があらわれた”と考えただろう」と、その妖怪はきこりの考えていた事を言い当てたのです。
「それそれ、“まっ、まさかそんな・・・”と考えただろう。ん? “どうして考えている事がわかるのだろう”と考えたな。そうよ、儂はその、“まさか”の『さとり』よ!!」
 きこりは、あせりました。なんとその妖怪は『さとり』だったのです。
「“どうしたらいいのか?”とあせっているな。ふっふっふっふっふっ、“なにも考えないようにしよう”だと。無理だよ。それは、“無になれ、無になれ・・・”か、あきらめる事だな・・・。そうか、後ろ向けに逃げようと考えているな。ふん、足元に気をつけるんだぜ!!」
 そんな事を言いながらも、妖怪『さとり』はどんどんきこりの方にちかずいてきます。と、その時です。後ろを見ずに後ずさっていたきこりは、足もとにあった切株につまづいて転んでしまいました。と、その拍子にきこりが手に持っていた手斧が妖怪『さとり』の顔に向って飛んでいったのです。
 これにはさすがの妖怪『さとり』もびっくりしてしまい、すんでの所でこの手斧を避けたものの、「うーん。心にも思わない事をするとは恐ろしい奴だ」と、そう言いながらその場から逃げ出したそうです。


 以上の事からもわかりますようにこの妖怪『さとり』は、今ふうに言えばテレパシストであったようです。また、『さとり』に関する数多くの伝説によると、もともとこの妖怪は人里ちかくに住んでいて、里の人々のために占いなどをしていたのだそうです。
 ところが、その能力があまりにも優れていたため、何もかもが予見できてしまい、やがて自分自身が生きて行く事さえつまらなくなり、そのまま山の奥へと入って行ったと言われています。ま、言ってみれば、世捨て人ならぬ世捨て妖怪というわけですね・・・。

 で、さて、ここからが本題なんですが、ぼくとしてはこの『さとり』の事が、なかなか本当の妖怪だとは思えないんですよね、うん。ましてやテレパシストなんていう超能力者でも何でも無く、ごく普通の・・・、いや、幾分普通ではなかったかもしれないし、気だって弱そうだけど、ともかく、普通にそこらにいる人だったんじゃないかと思うわけです。
 では、どうしてそんな普通の人が妖怪『さとり』だなんて呼ばれるようになったんでしょうか? そこでつらつら考えるに、どうやら原因はその『さとり』と呼ばれるようになった人が、あまりに正直な人であったからではないでしょうか? と思うわけです。
 まぁこんな事を書くと、“そんな馬鹿な、私(僕)だって、世間からは正直者で通っているんだぜ。だったら私(僕)も妖怪『さとり』だとでも言うつもりか?”と、苦情がきそうですが、さにあらず。御安心下さい。この『さとり』の正直さと、皆さんの考えている正直さというのがちょっと違うようなのです。
 たとえば、大多数の世の中の人は「それは言わない約束でしょ!」と言うような事は口にしないし、また、小説や漫画の中の世界を、嘘と承知でたのしんだりできるのですが、この、『さとり』と呼ばれる人には究極の正直者ゆえにそれらができないのです。ましてや、他人が心のひだの中にしまっているような事を知ってしま
ったとたんに、世間に暴露してしまったりするんですよね。
 例えて言うと、髪の毛のすくない人がそれを気にして鬘にしていたとすると、その人に対して、面と向って「あんた、鬘してるやろ」なんて言ってしまうような、隠し事や、ここだけの話しの出来ない人なのです。良く言えば、はだかの王様にむかって「王様ははだかだ!!」と言った子供のように、純真な子供の心をもっているような人だと言えない事もないのですが、はっきり言ってこんな人は怖いです。ぼくなら友達になりたいとは思いません。ましてや、昔の封建社会にあっては、かなりの異端だったのでしょう。で、いきおい村八分にされ、妖怪『さとり』だなんていうありがたくない二つ名を貰う事になったのではないかと思うのです。
 いやー、正直すぎるのも、かんがえもんなんですかねぇ・・・。

 さて、最後になりましたが、ここで、“誰でも簡単に『さとり』になれる方法”を伝授しようと思います。
 まず、人気の少ない暗い夜道の街角に行き、奇抜な衣裳で女性が通りかかるのを待ちます。で、妙齢の女性がやって来た時、すかさずその女性の前に飛び出し、こう言うのです。
 「変な奴が現れたと考えただろう! 怖いと思っているだろう! さぁ、俺の前から逃げだすがいい!!」と・・・。ここまで言いきるのに三十秒。相手が婦人警官や、とても気の強い女性でないかぎり、たいがいこれであなたの前から去って行くと思いますので、その背中に向って最後のきめ台詞「そうとも俺は、妖怪『さとり』だ!!」と言って、高笑いをして下さい。これであなたもりっぱな、妖怪『さとり』です。
 ちなみにぼくは、これをした事がありなせん。(って、あたりまえだっつうの・・・)

 いやはや今回は思いのほか長くなってしまったので、『天ちゃんの、全国うまいもん巡り』はお休みさせてもらいます。で、次回は『ぬえ』です。
 ではまた来月お会いしましょう・・・。



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