天ちゃんの・捜妖記
雪女

天羽[司法行政卿]孔明

 先日、雪女に逢いました。
「ここでわたしと逢ったことは、けっして誰にも言うんじゃないよ……」
 そう言いながら彼女は、サウナから出て行ったのです……。

 と言うような小咄モドキみたいなやつを、最近あちこちでしているんですが、それはさておき、今回は、雪女のお話しです。
 なぜ、三月になってから雪女の話しなんかするんだろうと思っている人もいるかもしれませんが、それはあなたの認識不足です。実は、雪女の話しの多くは、もうすぐ春に手が届こうとする、冬の終わり頃がもっとも多かったりするんです。うん。
 たとえば、こんな話しがあります……。

 一人の少年が、恋をしました。ところが、相手の娘は不治の病にかかり、亡くなってしまったのです。生きる目的をなくした少年は、自分のその生涯を終わらせるために、山へと向ったのです(まぁつまり、自殺をしに行ったわけですね)。
 冬の終わり頃の雪山は、雪崩が多く、少年は、その雪崩に巻き込まれて雪の中にうもれてしまいました。
『あぁ、これで死ぬ事が出来る……』
 ところが少年は助けられ、一命をとりとめたのでした。
 少年を助けたのは、ぬけるような白い肌と、夜の闇よりも深い黒髪と黒い瞳をもった娘だったのです。
 そう、その娘が、雪女だったのです。
 雪女は言いました。「さみしいのは、あなた一人ではないのだ……」と、「ここでわたしに逢った事を誰にも言わないと誓うなら、あなたを助けてやろう。もう、これ以上悲しい思いをするのはいやだから……」
 その日の午後、少年は山を降りる事が出来ました。死んだ娘のためにも、そして、雪女のためにも、もうすこし生きてみる決心をして……。
 さて、それから十年の歳月が過ぎ去りました。
 その時の少年は、いまではりっぱな青年になり、結婚をして、かわいい娘もさずかりました。自分がこんなに幸せでいられるのは、あの雪女のおかげだと、いつも感謝をしていましたが、その雪女の事は、けっして誰にも言いませんでした。。
 ところが、娘が八つの誕生日を向えた春の日に、ついにこの青年は、その、雪女の話しを自分の嫁にしてしまったのです。雪女の事は夢だったと思うが、もし本当にその雪女がいたのなら、自分が大変感謝をしているという事を伝えたい。と……。
 ところが、それまで黙って聞いていた嫁は、急にポロポロと涙をながして泣きはじめたのです。
「どうしたのだ」という青年の問いかけに嫁は、
「実はわたしが、その時の雪女なのです。あなたの気持は嬉しいけれど、どうしてあの時の約束をまもってもらえなかったのか?」と言い、「本来ならあなたを殺してしまわなければいけないのだけど、もうわたしにはあなたを殺す事がは出来ないのです。だから私がここを去らねばならなくなりました。ついては、娘の事をよろしくたのみます。そして、今度こそ、この事を誰にも喋らないように……」と、そう言ったかと思うと、そのまま、その場で、消えてしまったのです。それまでその嫁の座っていた場所は、ただ冷たく濡れているだけだったそうです。
 すべてはただ、春の日の悲しい恋物語であります。

 とまあ言うわけで、雪女のお話しは、春先の話しがけっこう多い事がわかっていただけたでしょうか。
 ついでながら書いておくと、雪女にまつわる物語というのは、各地に数多く残っているのですが、ほぼ全体的に、いま書いた物の様に、悲しい話しになっています。実はぼく、この手の悲話しがけっこう好きなので、雪女もまた、ぼくの大好きな妖怪のひとつなのですよ。うん。
 ところで、日本の妖怪の多くは、この雪女のように悲しい話しとともに伝わっているのですが、なかには、『だからおまえはいったいなにが言いたいんだ!』って叫びたくなるような奴も大変たくさんいるんです。そこで次回は、そんな《へんな奴ら》の事を書いてみます……。


 付録 天ちゃんの、全国うまいもん巡り

 今回は、広島です。
 広島のうまいもんと言えば、やっぱりお好み焼きと、広島菜でしょうか? お好み焼きのほうは、『なに言うてんねん。大阪の方がうまいにきまっているやないけ』などと言う言葉が返ってきそうですが、いえいえ、広島風お好み焼きというのも、なかなかすてたものではないのです。うん。
 とはいえ今回書くのは、お好み焼きの店ではありません。今回は、広島のもうひとつの名物、“かき”です。もちろん、木になる柿ではなく、貝の“かき”です。
 お店の名前は『かなわ』。元安川にかかった平和大橋のたもとに浮ぶ船が、このお店です。なんでもこの船は、かき運送船を改良したものだそうで、なかなか情緒があっていいですよ。それにこの店では、一年中生がきが食べられるのも特徴です。
 値段も手頃なので、ぜひ一度行ってみて下さい。



back index next