第七十一話

林譲治

 宇宙人に遭遇した人の例で、プラスチックのような破片を埋めこまれるという話がある。なぜ埋めこまれるのか、たぶんこれからする話が一つの解答を与えてくれるかもしれない。
 大雪山に行った時、私はアイヌ系の猟師と知遇を得ることができた。知遇を得るまでの話も面白いのだが今回は省略。まぁ、ともかく私は話を聞くために菓子折と、奥さん用にブローチなんか用意していた。彼は誇り高い猟師なので、菓子折以上の贈り物は受け取らないのだ。だから奥さん用の土産を用意したわけです。
 知ってる人も多いと思うが、アイヌには自分達はかつて巨大な船に乗り旅をしていて、その船が大雪山に衝突して神の国に帰れなくなったので、北海道に定住したという伝説がある。彼らの神話体系では、アイヌというのは神に非常に近い存在で、じっさい彼らは独特の宇宙観を持った誇り高い民族である。
 もっともこうした神話があるから彼らが宇宙人の子孫というのは早計に過ぎよう。大昔に乗り物と言えば船くらいしかない。だから限られた乗り物の概念で民族の発祥を説明しようとすれば、船くらいしか登場しないわけだ。
 それに誇り高い民族と言っても、大抵の民族は自分達を神の子とか、神とほぼ対等な立場に置いている。「私達は薄汚い雌豚の末裔です、どうか私達の顔を踏みつけてください、私達を汚い言葉で罵ってください」などという神話体系を持ってる民族は私の知る限り存在しない。
 で、その猟師の長老の話。その日、彼は朝から嫌な予感を感じながら猟に出ていたという。案の定、獲物はさっぱりかからない。しかもあろうことか普段から慣れ親しんできた山なのに、その日に限って道に迷ってしまった。同じところを何回も回っているうちに夜になる。疲れ果ててしゃがみこんでいると、突然彼は上空からの激しい光に照らされた。
 気がつくと、彼は裸にされ、三人の小人の前でベッドのようなところに寝かされていた。むろん身体は動かない。小人達は何も喋らない、しかし、彼には小人達が彼の身体を心配しているのがわかったと言う。
 やがて一人の小人が彼の胸の辺りに何かの器具をあてる。すると皮膚の表面が切れて穴があいた。しかし、血は一滴も流れない。小人はそのまま器具を切り裂いた穴から差し込むと、一気に引き抜いた。不思議なことに痛みは無い。
 猟師が驚いたことに、器具の先端には直径二センチほどの透明な球体がついていたという。それは水晶のように美しかったそうだ。
 「とても良い品に育った」
 彼には小人達がそのような感想をいだき、喜んでいるのが感じられたと言う。気がつくと朝になっており、なぜか彼は家路へと道を歩んでいた。その夜、風呂に入った彼は、確かに自分の胸の辺りに小さな傷痕を認めたと言う。
 私は他にも猟にまつわる話を聞くことができた。帰る時、私は彼に菓子折を渡した。たいした土産ではなかったが、彼は度量の大きな人だったので、それをとても喜んでくれた。だが奥さんに渡す予定のブローチは渡さないことにした。そりゃぁ、そうでしょう。こんな話を聞いた後で、「真珠」のブローチなんか渡せるわけがありません。



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