七十話まで来てしまっては、いよいよあの話をしなければなるまい。
九十三年のGW。私は自動車で生まれて初めて大阪まで行った。時速百四十キロで疾走し、車体が共振を起こしかけているマツダのファミリアで一晩走ったのであった。私は運転しなかったけど。
その時のGWは私は比較的長く休みがとれたのだが、その関係で大阪のある人の家に泊まることになった。どこをどう移動したか、大阪の地理にはさっぱりな私はわからず、案内されるがままに移動する。
その方の家は、母親という人とその人と奥さんに息子さんという家族構成だった。ただ奥さんが息子さんを連れて実家に帰省していたので、私が泊まれたわけである。
「ちょっと、まっとってな」
私を居間に案内すると、彼は母親を呼んでくると言って、出て行った。すると入れ違いにその人の母親が居間に入ってきた。どうもトイレにいて入れ違いになったらしい。私が自己紹介をしようかと思った時、彼女は言った。
「こうしゅの印は見つけたか?」
「こうしゅ」って何? と私は思ったが、それ以上に初対面でこんな質問をされるとは思わなかった。あまりのことに言葉も返せないでいると、
「そなたなら知ってるはずと思ったが……」
そういうと彼女は居間を後にする。
「あ、どうも、これがうちの母親です」
その人が紹介した女性は、さきほどの女性とはまったくの別人だった。
「あれ、さっきの……こうしゅがどうのって人は……」
私がそう言うと、彼はまたかと表情すると、急に真顔になって私に尋ねた。
「あのおばさんに返事はせんやってろうね」
「いや、何も答えなかったですけど」
「よかった、カーリーさん、あんたもしも返事したら助か……まぁ、ええか、何事もなかったし。言うとくがな、人間、知ってるから不幸なことってのがごまんとあるもんやねん」
結局私はそのおばさんが何者かも、「こうしゅの印」って何かも教えられぬまま翌朝その方の家を後にしたのでした。それが私と天羽さんの最初の出会いでした。
あれ以来、天羽さんのお宅にお邪魔してもあの女性が現れることはありません。ただ「こうしゅの印」はいまだに見つけられないでいます。