第六十八話

落合香月

 ども、香月です。
「えーっと、ほら、あの俳優。…コーン・ショネリー」
「だれやぃ、それわっ!」
すでに、怖い話でもなんでもない方に、突っ走っております。
 毎度ばかばかしい会話をしている母娘の話です。
 「香月、カナダいった時の写真の整理手伝って」
 「うん。…あ、これはナイアガラで、にじがかかってるの撮ったやつやわ」
 「えーっと、『ナイアガラ』っと…『にじ』ってどんな字やったっけ?」
 「ん?ほら、カタカナの『エ』がついた字ぃやん」
 「…あれ? こら、『べに』やん」
 「『糸』書いてどないすんねん!」
 まぁなんというか、母娘ともにおおむね記憶力があいまいでうっかりものの性格ですから、事件が迷宮入りになることは珍しくないのですが、いまだに私の心に引っかかっている謎が、今回のお話です。
 「なに、これ?」
 私は、台所のテーブルの上のメモを手に、母の方へ振り返った。
 「なんやと思う?」
 答えが続くものと期待して頭を振ると、答えがない。どうやら母も何のメモかさっぱりわからないようだ。掃除をしていて、電話台の引き出しから発見したそうなのだが、いつ、なにを思ってそんなメモを書いたのか、まるでわからない。
 筆跡は間違いなく母で、1 角ぐらいのはっきりした大きな字である。
 「買い物リスト?」
 「『パンと牛乳』ならともかく、そんなものいっしょに買わんやろ」
 「『灰と…』なら映画のタイトルやけどねぇ」
 母も私も困惑しながら、そのメモを見つめた。
 一体どういうシチュエーションなら、母が電話台の引き出しに、そんなメモを入れておくことになるのだろう? 姉と電話していた時か?はたまたラジオの内容を書き止めたのか?それとも平凡な平和な家庭が踏み込んではいけないスリルとサスペンスのミステリーがそこにかくされているのか!
 針とダイヤモンド
 母と私はあきらめてご飯を食べた。



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