第五十七話

阿部和司

 定番の「金縛り」ネタで御座います。
 私、この「金縛り」というモノにあった事が2回しかありません。
 一回目の時は、おお!これがウワサにきく金縛りか! と感動さえおぼえ、しばしその不自由さを満喫した程です。(念の為申し上げますが、私には自虐的な嗜好はありません。)
 しかし、特に何が起こる訳でも無し、苦しい訳でもなくこんなモンなのかな? と思ったら、あっさり解けてしまいました。
 さて、この話しは2回目の金縛りの時の事です。
 まだ、独り暮らしをしていた頃のお話しです。
 深夜、さて寝ようかいと電気を消して布団に潜り込んだ途端、金縛りになってしまいました。しかも、どうも前回とは勝手が違うようです。
 足元の方で衣擦れのような音がして、急に何かが掛け布団の上に乗っかって来たような感覚がします。私の脳裏に、TVなどで観た様々な心霊体験が浮かんでは消えていきます。
 曰く、ふと見ると血だらけの女の人が、こっちを見ていた。
 曰く、いきなり首を絞められた。
 曰く、落ち武者が這ってきた。
 もう、よりによってスプラッタでホラーな展開ばかり思い出す始末です。ひたすら固く目をつぶって、金縛りが解けてくれるのを待っているのが関の山でした。
 でも、そうしている間にも、布団の上をズルッズルッと衣擦れの音と共に、明らかな人の重みの感触が近づいてきます。せめて頭が布団の中に有れば良かったのに…。と思っても、後の祭り。無防備にきちんと枕の上に乗っかって、その近づいてくるものをアホ面下げて待っているしかありません。そして、それはズル! と一気に距離を縮めて、私の顔のすぐ側までやってきたようです。
 動かない身体をどうにかしたいのですが、その何者かの重みも加わり、小指一本動かせません。圧し掛かってるものの重心が少しずれ、私の顔の真横に動いたその時!
 「はうー!!!!」
 私は、素っ頓狂な叫び声を挙げてしまいました。
 と同時に金縛りも解け身体の自由が利くようになったので、ガバ! と跳ね起き、部屋の電気を慌てて点けました。
 しかし、誰も居ません。私独りです。
 たった今、私の身に起こった事に対する説明をしてくれそうなモノは、何一つ見当たりませんでした。
 え? 一体、何があったのかって?
 そいつが何者かは知りませんが、よりにもよって、そいつは、私の耳元に熱い吐息を吹き付けていったのです。
 「ふー。」
 私は、耳と背中は弱いんです。ポッ…。



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