第五十六話

清水宏祐

 えっと、たぶん去年の事だったと思うんですけど、豪雨が続いて各地で被害が出た事がありました。そう、神戸で新湊川が氾濫して大きな被害となって、人災か天災かなんて問題になったりしました。その後、新湊川は今年の大雨でもあふれだして、新たな問題を生んだりしていますが、これはまた別の話。
 その豪雨が去った後、やけにいい天気になったんですね。で、裏庭に出てみたんです。うちの家の裏は前は人が住んでたんですけど、例の震災でその家が住めなくなったんで、田舎か何かの人づてで出て行かれたんです。まあそんなこともあって、今はほんの狭い土地なんですけど、うちの裏庭っていうかんじで、芝生を張ったり木を植えたりして楽しんでるんです。
 ただ、全面に芝を張ってしまうと嫁さんの自転車や、子供の三輪車、その他いろんなものを置く場所がないっていうんで、家よりの3メートルほどはコンクリートを打ってあるんですね。ただ、コンクリートといっても予算の都合で私が自分でやったもんなんです。セメントとバラスや砂を買ってきてね。だからプロがやったものじゃないんでどうしても多少のデコボコが出来てしまうんですね。だから雨が降ったりすると、水たまりが出来てしまう。その日もなんとなくその水たまりを見てたんですね。
 最初は風かなんかで枯れ枝が水たまりに落ちているんだと思いました。
 「それ」は、長さは60センチほどもあったかと思いますが、太さは一番太い中央部分で3〜4ミリ。両端は先細りになっており、本当に落ちてきた枯れ枝の色をしておりました。
 私は、何という事もなく「それ」を見ていたんですが、瞬間、愕然としました。
 「それ」は明らかに外力に頼らず動いていたのです。
 最初、「それ」はちょうどムチをしならせるようにぐいっと曲がりました。そして、暫く見ているうちに今度は反対方向にキリキリと曲がり始め、しまいには頭と尾っぽがくっつくほどに曲がってしまいました(もっとも、どちらが頭でどちらが尾っぽなのかは私には判りませんでしたが)。
 私が観察を続けている間、ずっと「それ」は動き続けておりました(ゆっくりとではありますが)。
 その内、食事の用意が出来たかなんかで嫁さんが呼びにきたので、私は家に入りました。「それ」はそのままにして。
 「それ」に触ってみたり、捕らえてみようという気はまったくありませんでした。そういう動きかたでしたから、後でゆっくり見られるという気持ちもあったでしょうが、むしろもっとまがまがしいというか、恐怖が先に立っていたような気がします(例えば、触ったら刺されるかも…とか、毒があるかも…とか)。
 そして、後で私がそこへ行ってみた時には、「それ」は跡形もなく消え失せていました。だから、たぶん「それ」は今でもうちの庭のどこかにいるのです。
 結局「それ」が何であったのかは判らずじまいです。



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