第五十五話

清水宏祐

 私の話は、それほどドラマチックではありませんが…。
 4〜5年前、バイクで転倒して左肩を脱臼したことが有ります。ちょうど、朝はやく会社に行く途中だったのですが、雨が降っていたところへ持ってきて、前を走っていた車が何か危険を察知したのか急ブレーキを踏んだもんで、衝突を避けようとして左側を下にして転倒してしまったんですね。
 幸い痛みもたいしたことはなく、近くの病院まで自力で行くことが出来ました。診断の結果は、「左肩関節脱臼」ということで、最初、先生は私の左の脇の下に手を入れながら左腕を引っ張ったり、上の方に持ち上げたりしていたのですが、どうもうまく行かない様子。結局、全身麻酔の上、グッと引っ張って元に戻すこととなりました。もし、これでだめなら切開手術が必要との事。
 麻酔は、右腕の静脈注射にて行なわれました。右腕に注射器をさしておいて、様子を見ながら薬液を注入していくのです。
 医者が言いました。
 「はい、リラックスして、ゆっくり数をかぞえてください」
 「いーち、にーい、さーん」
 いっこうに眠くなってくる気配がありません。ふと、目を開けて見てもなにも変わった様子がありません。
 「いかんいかん、早く眠らなければ」
 もう一度目を瞑ろうとしたとたん、看護婦が私の様子に気づきました。
 「あ、目が醒めましたか」
 「えっ」
 どういう事かよく解りません。
 医者がきて言いました。
 「いやあ、すごい痛かったらしくて、無茶苦茶暴れたんやで、憶えてるか」
 「はあ、そうですか、なんとなく痛かったか…な」
 実際のところ、そんなもん憶えてるわきゃありませんが、なんとなくそうでも言っておかないと収まらない雰囲気。何でも、あとで聞いたところによると、麻酔の注射をされながらも「痛い、痛い」と暴れまくって、看護婦3〜4人がかりで押さえ付けてるのをはねとばしたらしいんですね。
 「いやあ、あんまり暴れるんでね、麻酔薬が入りすぎて、一度は呼吸が止まっとったんやで。良かったなあ」
 医者が私の左肩のレントゲン写真を見せながら言いました。
 そう、私はこの医者に殺されかけてたんです。



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