第四十六話

林譲治

 妹の友人らが高校を卒業し、夏休み札幌で宴会をしたと思いねぇ。男はともかく十七、八の娘ばかりだから親は当然心配する。妹は札幌市内に住んでいた私の家に宿泊できるが、他の女の子達はそうはいかない。ほとんどが自宅から札幌なり千歳なりの職場に通っている。だから宴会をしても門限というものがある。それなら地元で宴会をすればと思うが、やはりみんな社会人になったからあこがれのススキノで宴会がしたいわけです。
 その娘も宴会に参加していた。ところが彼女の住んでいるところというのが、長沼町でも夕張寄りという場所。しかも長沼町は交通機関はバスしかない。普通は札幌から地下鉄で大谷地に出て、そこからバスに乗る。だがその夜はついつい長居して、タッチの差で最終バスに乗り遅れてしまった。
 大谷地はヨーロッパで例えるならアントワープのような交通の要衝。地下鉄路線とバス路線のターミナルなので、深夜ともなればタクシーが多い。彼女もまさか外泊もできないので、二〇キロ近い道のりをタクシーで帰ることにした。むろん二〇キロも深夜にタクシーを走らせるほどの金の持ち合わせは無い。給料は半分家に入れてるから自由になるお金もそれほどないわけです。
 「お嬢さん、今日は天気がよいですね」
 「えぇ」
 タクシーの運転手は話好きの人の良さそうな人だったらしいが、彼女にとってはそれどころではない。あのきつい母親にこの失態をどう言い訳しよう。下手をすると二度と友達と遊ばせてもらえないかもしれないなどなど。彼女はそのことで頭がいっぱい。運転手の相手なんかする余裕さえない。彼女の周囲だけは暗〜い雰囲気が充満していたわけ。
 そうこうしているうちに家に着く。
 「すいません、お金の持ち合わせがないので、家に戻ってとってきます」
 彼女は運転手にそう言うと家にはいる。玄関には案の定、恐い表情の母親がいた。
 「おかあさん、タクシーの……」
 「わかってる。あんたは二階の自分の部屋に戻ってなさい!」
 彼女は急いで自分の部屋に戻る。ところが母親は居間にもどったきり一向に金を払う気配が無い。おかしいと思っているとタクシーの運転手がチャイムを押す。そこでようやく母親が玄関に。
 「すいません、お宅の娘さんからタクシー料金いただいていないのですが?」
 「娘?」
 「ええ、二十前くらいの娘さん……」
 ここで母親は一呼吸おいて。
 「確かにうちにも昨年まではそのような娘がおりましたが、ちょうど一年前自動車事故で……。
 きっとさっきのアレが……。わかりました、あなたのタクシーに乗ったのも何かの縁でしょう。料金はお支払いいたします」
 料金を受け取り、玄関のドアがしまる音がしたかと思うと、ものすごい勢いで発進する自動車の音。
 「おかぁさん、なんてことをいうのよ!」
 驚いて降りてきた娘に母は言った。
 「いや、私はいっぺんこれがやってみたかったんだわ」



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