第四十五話

林譲治

 タクシーネタをもう一つ。
 これは昔の職場の同僚の体験談。あるとき地下鉄の駅から彼女は友人の見舞いに行くためにタクシーを拾った。非常に気さくで親切な運転手だったという。
 しばらく走っていると、タクシーの真後ろに「空車」と表示した別のタクシーがぴったりくっついてくる。しかも、二回ほど明らかに乗車拒否をしているのだ。窓越しにみると、けっこう恐い顔で追ってくる。
 「なんなんだろう」と彼女はその時思ったそうだ。
 ところがさらに進むと、さらに別のタクシーがやはり「空車」と表示させながら今度は真横に並んだ。そしてすぐに別のタクシーがまん前に並ぶ。彼女の乗ったタクシーは三台のタクシーに囲まれてしまった。前のタクシーがここで停車したので、彼女の乗ったタクシーも止まる。すると三台のタクシーから運転手が降りてきて、彼女の乗ったタクシーに近寄ると、あろうことか運転手を引きずり出してしまったのだという。
 「お怪我はありませんか?」
 タクシー運転手の一人が聞いた。
 「な、なにが……」
 「このタクシー、夕べ盗まれた物なんですよ」
 盗難タクシーはすぐに各社のタクシー無線で通報され、網を張られていて、それに引っかかったというのが真相らしい。犯人は無線がうるさいので切ってしまったが、それが彼の誤算ということ。
 「あのまま乗っていたらどうなっていたんだろう……」
 それ以来彼女はタクシーは一人で乗らないようにしているそうです。



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