第四十二話

阿部和司

 人間というものは不思議なもので、古い記憶がふとよぎることがあります。
 新潟は新発田市でパソコンショップにいた頃の話しです。
 ある日、某社のフラットベット・スキャナの調子がおかしいといって、そのお客さんはやってきました。
 「実は、作動させると激しい振動がして、正常に動作しないんです。」
 「そうですか。それでは確認してみましょう。」
 私は、そういってお客さんが持ち込んだスキャナを店のパソコンに接続してみました。電源を入れ、作動させてみますが何ともありません。試しにとパンフレットを読み込ませてみますが、正常に動作します。
 「あれ、おかしいな。」
 「まあ、取り敢えず様子を見てみましょう。何かあれば連絡して下さい。」
 その日は、お客さんも首を傾げながらも、その調子の悪いスキャナを抱えて帰られたのでした。
 2、3日後。また、そのお客さんがやってきました。
 「すみません。やっぱりおかしいんです。」
 そういうと、その方は懐からビデオカメラを持ち出してきました。
 「録画してきました。」
 お客さんと二人で急遽ビデオ鑑賞会と相成ったのですが、そこに映っていたものは! 激しい振動なんて生易しいものではなく、パソコンの脇に置かれた机の上で「文字通り」飛び跳ねているスキャナでした。
 一体にどうすればスキャナがそんな動作を起こせるのか?いや、むしろ、これだけ激しく飛び跳ねているのに、何故、店では正常に動作するのかという方が不思議です。いまだによく判りません。
 「ね。いった通りでしょ?」
 確かに…。念の為、もう一度、店のパソコンに繋いでみますが、やはり何ともありません。
 今度はお客さんも自分のパソコンを持って来られたのですが、結果は同じで、何も起こりません。
 こうなったら、現場に行きましょう。何か判るかも知れません。と、お客さんと二人で、その人のご自宅へと向かいました。
 勿論、例のスキャナと交換分の新品スキャナを持参しました。着くなり、私とお客さんは早速、セッティングを始めました。正直、この時点では、既に二人とも故障云々よりも、これから見られるであろう現象の方にワクワクさえしていたのです。
 果たして…。症状は再現しました。
 私とお客さんの目の前で、そのスキャナは「飛び跳ね」たのです!
 引きつりながらも、慌てて電源を切り、まずは付近に何か影響を与えそうなものはないかを確認しました。エアコン、冷蔵庫、高圧電線。とにかく何かちょっとでも説明がつきそうなものを探しました。しかし、その家は古い木造家屋の農家で特にそれらしいものは見当たりません。机も検証しました。一応とばかりに水準器まで持ち出して、部屋の傾きまで計った位です。でも、まるで判りません。
 そこで、我々は、その「壊れている」スキャナを片付け、新品のスキャナを同じ場所に取り付けたのです。
 電源を入れると…。正常に動き出しました。
 何だか、二人とも、ふいに原因などどうでも良くなってしまい、これが動くなら、まあ良いかという感じになり、それでケリにしてしまいました。
 その後、引き取ってきたスキャナで症状が再現する事はありませんでした。メーカーでも詳細なチェックをしてもらいましたが、「原因不明」という報告書をもらいました。
 それからしばらくして、別の用事で店を訪れたお客さんにスキャナの調子を聞くと、まるで問題がないですという答えでした。
 一体、あれは何が原因だったのでしょうか?



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