部屋の戸を細く開けていると怪異が入ってくる、という話を、以前どなたかがしていらっしゃいましたが、恐ろしいものというのは、入ってくる時は、戸を閉めていようがどうしようが入ってくるものです。
うちは父が単身赴任のため、夜は母と二人きりのことが多く、しかも母も私も自室にいるときは、お互い相手の邪魔はしない不文律があるので、独りとさして変わらない状況になります。
週に一度、母が公民館のレクダンスの同好会に出かける夜などは、まったくの独りきりになります。
我家の南にはお寺さんが2つあり、私の部屋はちょうど南側の窓と西側の窓とで、両方のお寺のお墓が見える絶好のロケーションで、人気がなくて暗くて大変静かです。そういうわけで、泥棒やなんやら入り放題で物騒なんですが、今回はそういう話ではありません。
去年のことだったかと思います。初夏のある静かな晩に、私は自室で友人と長電話をしていました。
すると、部屋の扉の向こうから「かづき、かづき」と、私を呼ぶ母の声がします。顔を上げると、部屋の戸が細く開けられその隙間から母が不自然な体勢で顔だけを覗かせていました。
「あ、ちょっと待って…なに?」
なんとなく妙な感じがしたので、私は電話を中断して戸の方に向き直りました。
すると首だけ覗かせていた母は会心の笑みを浮かべ…、
「じゃじゃーん! みてみて」
真っ赤なドレスを着て、フラメンコもどきを踊りながら、部屋に入ってきました。
聞けば、今度のレクダンスの発表会用に作ったのだそうです。スカートは三段切り替えで黒いレースがひらひらついていて、首には黒いチョーカー。真っ赤なドレスにあわせて爪も口紅も真紅。
「…というカッコで、目の前で母が踊ってたもんで。ゴメン」
私は、しばしの中断を友人にわび、電話と続けました。
恐ろしいものというのは、入ってくる時は戸を閉めていようがどうしようが、入ってくるものです。
こまめに様子を見てコミュニケーションをはかっておいたほうが、突然脅かされることがなくていいかもしれませんね。
その年の夏休みに、私は母とスペイン旅行に出かけました。