第四十話

林譲治

 霊感の強い叔母の話。この叔母のおかげで百物語はさくさく進む。
 函館で痩身美容の店をやっていた叔母には当然ながら女性客が多い。叔母がそもそもこのような店をやっていたのは亭主に恵まれなかったからに他ならない。――つまり霊感と男を見る目はまるで関係が無いわけだ。
 この叔父というのがろくでもない奴で、一言でいえばアダルト・チルドレン、歳ばかり食ってるが大人になりきれない男って奴ね。四人も子供がいながら父親の責任は放棄し、他所に女を作ってふけちゃったという奴。でも精神的には大人ではないので、問題が起こると叔母に頼る。その繰り返し。いまどき珍しい話ではないかもしれないが、ともかく人間のクズですよ。
 叔母はそういう境遇なのと社交的な性格もあって、タクシーの女性運転手とかダンプの女性運転手とか、長距離トラックの女性運転手などの固定客が多かった。そんなお客さんの体験談。
 その女性は長距離トラックの運転手だった。亭主が司法試験の勉強をしているので、自分が稼いでいたらしい。その時は札幌から出発して苫小牧からフェリーに乗り、新潟まで行く予定だった。時間がタイトだったので、彼女は裏道だが最短距離のコースを選んだ。なんでも過積載ぎみで、警察方面とはお会いしたくなかったらしい。
 人気のない道を進んでゆくと、どういうわけか子供のようなものが歩いている。なぜか彼女はその時、その子供を乗せてやらないといけないと思ったらしい。
 「坊や、乗ってかない?」
 彼女は子供好きだったのだが、亭主が司法試験に受かるまで子供は作らない約束だったらしい。そんなんで子供には親切だった。
 その子は雨でもないのにポンチョのようなものを身につけてトラックに乗りこんだ。そして彼女はどういうわけか千歳に行かねばならないような気がしたらしい。苫小牧と千歳は確かに近いが、それでも遠まわりには違いない。
 「でさぁ、あたし、その間の記憶って全然無いのよね」
 気がつくと彼女は千歳の郊外を走っていた。ふと我に返ったのは、警察の停止の合図を見たからだった。速度違反では無いが過積載で罰金。フェリーには乗り遅れる。彼女にとっては散々だった。
 「あぁ、それでその子は消えていたんでしょ」
 「そうなの」
 「で、子供が座っていた席はなぜか濡れていて、しかも冷え切っていた」
 「いや、それが違うのよ。濡れてなかったし、触るとむしろ熱いくらいだったのよ。しかもさぁ、不思議なことに、いまでも夜になると青白く光るの。それに車載無線やラジオの調子があれからすっかりおかしくって」
 彼女が子供を乗せた日、千歳上空でUFOが目撃され、自衛隊機がスクランブルするという騒ぎが起きていたのだが、事件との関係は不明である。



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