第三十八話

阿部和司

 さて、私は「心霊」、「あやかし」の類は信じている方ではありません。
 特に興味がある訳でもないので、「ふ〜ん、そうなんだ。」程度の認識しか持ち合わせておりません。
 ですから、実際は皆さんもそうなのでしょうが、自分なりに何らかの説明がつく場合は、「そちら方面」に結び付けて考える事は殆どないというのが、現実です。(何でもかんでも「霊の仕業」にしたがる人がいますが、それこそ「ポストが赤いのも…。」の類と同じで、それでは「先方さん」に失礼というものです。)
 今まで私がお話ししてきた事については、自分なりに解釈が成り立つので、それ程「怪異」な話しとは思っていません。深く考えるつもりもありませんし。(え、頭が悪いだけ?、それはそうかも知れません。)
 とはいえ、世の中には私の知らない事の方が多いでしょうから、頭ごなしに否定する気もないのですがね。
 まあ、そんな私ですから、「怖い話」にしても、生身の人間絡みの事の方が多いくらいです(ヤの付く人たちの抗争真っ只中に立ち尽くしたとか。)ので、最後までお付き合いできるかどうかは定かではないのですが…。
 え? 前置きが長いですか…。では、そろそろ始めましょう。
 つくば市に住んでいた頃の「奇妙な話」です。
不意に休みの取れた真冬のある夜の事。ちょっと酔狂な気分に浸りたかった私は、ポッカリ浮かんだ満月を見ている内に、一つお月見キャンプでもと思い立ち、厳寒装備で筑波山へと向かったのです。
 中腹までは車で行けるので、ものの30分もしない内に現地に辿り着き、いそいそとザックを担いで、山林の中に分け入って行きました。
 おりしも放射冷却のため空気は凛と張り詰めており、煌煌と照らす月明かりの中、少し広くなった場所を見つけ、嬉々としてテントを設営して中に潜り込みました。
 防寒ジャンパーを着込みシェラフに下半身を突っ込んだままテントの入り口から少し顔を出して、しばし、外の光景に魅入っておりました。何もかもが凍り付いたような静寂の中に身を委ねるのは、とても心地よく浮世の事など忘れてしまいそうな程です。ホットウイスキー(酔っ払う用というよりは、寒さしのぎ程度の量ですが。)を作って、チビチビやりながら、歌の一つもひねろうかと思った程です。
 まるで空気も時間さえも止まってしまったかのようでした。
 どれ位、そうしていたかは定かではありませんが、ふと少し離れた林の中に、誰かが立っているような気がして、そちらの方に目を凝らしてみました。と、確かに人影らしきものがこちらを伺っているではありませんか。距離にしておよそ、50mくらいあったでしょうか。
 もっと近かったような気もしますし、もっと遠かったような気もします。
 それが何であるか、人なのかそうではないのかさえ、実ははっきりしません。
 人だと思えば、そう見えるし、そうじゃないような気もします。でも、何故か、その何者かの意思だけは判りました。
 「おや、あなたも月明かりに誘われて出てきたクチですか。」
 なんだか、そんな風にこちらを見ているような気がしたのです。
 そこで私はそうする事が自然であるかのように、手にしたホットウイスキー入りのコッヘルを軽くそちらに掲げました。すると、その白い影も手(らしきもの)を振り返したように見えた次の瞬間、それは消えてしまいました。
 こんな夜です。何が出てきても不思議ではないと思ってた位でしたから、怖いとは思いませんでした。が、好奇心も少し涌いてきて、その何かの立っていた辺りまで、トツトツと歩いて行って見ました。するとそこには、何か獣の足跡のようなものが、点々と山の奥へと続いているだけでした…。
 何故か、私の体験は、この系統ばかりなのです。 「好かれてる」んですかね。



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