第二十三話

阿部和司

 「あれ? 何でこんなトコに…。」
 「ああ、ひょっとしてお客さん、『桐の間』の人に誘われたんじゃないですか?」
 「え?(内心、ドキ!)い、いや…。」
 「化かされましたね、お客さん。」
 「は?」
 「調べてもらっても良いですけど、ウチには『桐の間』なんてありませんからね。」
 「え? じゃあ…。」
 「勿論、若い女性客なんて泊まっていませんよ。」
 「この辺、タヌキ多いですから。」
 宿屋のご主人に担がれたのかな?と思いながら、きちんと支払いを済ませ、宿を後にした私は、2年後の夏、またバイクツーリングの道すがら、その宿屋の近くまでやってきました。折角だから、温泉だけでも浸かって行こうかなと思い、コースを変更して、宿屋に続く林道へと分け入っていきました。しかし、行けども行けども、その宿屋には辿り着けません。地図を開いて確かめてみても、何かが変です。
「どっちを向こう???」 コンパスの蓋を開けた私は、ああ、また化かされてるんだなと気が付きました。
 何故なら、そこではどっちを向こうか思いあぐねているかのように、針がグルグル回り続けていたのですから…。



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