かれこれ十年ほど昔、僕の兄はかつては旧制中学だったという伝統校の教員をやっていました。
その高校は江戸時代の処刑場の跡に建てられていて、昔から不思議な噂の多い学校なのですが、甲子園で優勝したこともあるほど部活にも力を入れ、また夜間部もあるため、かなり遅くまで人の出入りがあるのです。
その日、兄は顧問を勤める剣道部の指導をしていました。
大会が近づく中、兄は夕食の休憩を挟み、再び生徒を連れて体育館へと向かったそうです。
そして、鍵を外し、扉を開けたとき、真っ暗な体育館の中央に、ぼんやりと光るお爺さんが座っているのが見えたそうです。
恐怖に包まれながらも兄が、騒ぎ出す生徒をおいて体育館に入り、灯りをつけると、そのお爺さんはかき消すようにいなくなってしまったそうです。
その日、部活を切り上げて帰宅した兄は真っ青な顔で、自分を含めて十数名の人間が同じものを見ていること、真っ暗で何も見えない体育館の中で、しかもかなりの距離があったにもかかわらず、その表情まではっきり見て取れたことを話してくれました。
生徒達と不思議な老人を見てから1ヶ月ほどたったある日、仕事を終えた兄がふと職員室から外を眺めると、体育館に灯がついていたそうです。誰かいるのかと行ってみると、体育館の灯は消えているのでした。ですが、不思議に思いながらも職員室に戻った兄が、もう一度窓を覗くと、確かに灯がついているのです。
先日のことを思い出し、恐怖に襲われながらも再び体育館に向かった兄の前には、やはり真っ暗な体育館があるだけでした。
逃げるように校舎の入り口へ走った兄が、しかしもう一度振り向いたとき、体育館の灯ははっきりと点っていたそうです。
これは何かおかしいと、灯の消えた体育館に入った兄が中を調べてみると、2階の放送室に家出をした夜間部の生徒が住み着いていたそうです。