第五話

林譲治

 十五年ほど前の、ある時期の秋頃から、妙な夢を見るようになった。
 夢だからはっきりしない部分が多いのだが、餓鬼の群に襲われる夢らしい。
 自分は地獄――後にこの印象は必ずしも間違いで無いことがわかる――にいるらしい。身体の自由は無く、目の前の数匹の餓鬼は明らかに私を食べようとしているらしい。ただ私を殺す気は無く、完全に死ぬのを待っているところらしい。だから餓鬼というより屍食鬼なのかもしれない。
 夢は私が死ぬところで終わる。私が夢の中で死ぬと、目が覚めるわけだ。だから私が死んでから地獄でどうなるのかは体験できなかったものの、まず間違いなく屍体は食べられていたはずだ。あまりにも頻繁に夢を見るものだから私はその五匹の餓鬼というか屍食鬼を個々に識別できるまでになった。
 そんな夢を見続けていた二月のある日。帰りが遅くなった私は、地下鉄の中で宴会帰りの老人達と出会った。手には同じ引き出物の箱を持っていたから、それなりの規模の催しだったらしい。
 突然、酔った老人の一人が私の手を掴んだ。
 「竹内、竹内じゃやないか!」
 「あのう、人違いでは……」
 「何を言ってるんだ、ガダルカナル島で一緒だった大沼だ」
 そう、その催しは当時北海道にあった陸軍第七師団、というよりも一木支隊で知られる部隊の戦友会か何かであったらしい。どうやらその部隊の竹内とかいう兵士が当時の私と似ているようなのだ。むろん私が竹内二等兵か何かのわけがない。
 その老人の仲間は、戦友の酔態に「どうも失礼しました」とか言いながら、その大沼とかいう老人を周囲の四人の老人達がたしなめる。
 「おい、何を馬鹿なことを言っているんだ、竹内が生きているわけがないじゃないか。俺達がこうしていられるのも、あいつのおかげなのを忘れたか!」
 「でも、こいつは竹内だ」と大沼老人は聞かない。
 私はすぐにその場を離れると本来の駅よりかなり手前だったが次の駅で降りた。
 私は気がついたのだ。その大沼老人をはじめ、その場にいた五人の老人が夢の中の屍食鬼そっくりであったことを。



back   next