My drug life

黒川[師団付撮影班]憲昭

 私の知人は薬嫌いだ。
 去年、インフルエンザにかかったときも、大量の野菜ジュースと果物の摂取、あと長時間の睡眠によって、薬に頼らずに直した。
「薬に使われている成分なんてどんなものか、しれたものじゃない。あんなものに頼るくらいなら、自己の免疫力を信じるね」
 それもまた一理ある。
「実際、なんでもすぐに薬に頼るというのは、なにか安易な気がして、俺は嫌いだ」
 確かに、そういう意見はよく聞く。
 また、夜、テレビのニュースで薬害のニュースを観ると、あまり薬は飲まない方がいい、という知人の言葉に大いに説得力を感じる。
 それから、ロヒプノールとアモバンを飲んで、布団に潜り込む。
 ロヒプノールとは催眠鎮静薬フルニトラゼパムの商品名。同じくアモバンは睡眠導入薬ゾピクロンの一般名だ。
 両方とも、いわゆる睡眠薬でここ十年近く使っている。
 私は知人と違い、薬に対する抵抗感はあまりない、どちらかといえば、医者好きの薬好きである。
 毎日、定期的に飲んでいる薬がいったいいくつあるのか数えてみると、六種類あった。
 ロヒプノール。
 アモバン。
 これ以外に 
 アロプリノール。尿酸生産阻害薬。先月号で発祥した痛風の薬。
 パキシル。セロトニン再取込阻害薬(SSRI)、抗うつ剤。今ひとつ効いているのかどうか、一番怪しい薬だが、医者は効いているいっている。
 ロキソニン。プロピオン酸系消炎鎮痛剤。頸肩腕障害、いわゆる肩こり対策のための内服薬。長時間のパソコン者が処方されることが多いそうだ。
 テルネリン。塩酸チザニジンの商品名。筋弛緩剤で肩こりも含むが、背中のはりなどに処方される。
 これら以外に必要に応じて、いわゆる頓服薬としてソラナックス、抗不安剤アルプラゾラムの商品名、を上司から仕事の進捗状況の説明を求められたりするとき気休めに飲む。
 あと、飲み過ぎた時にセルベックス、と市販の胃薬を併用しているが、胃薬に関していえば、新大正漢方胃腸薬のような、漢方系粉薬が良く効く。
 三月くらい前には、仕事の都合により休日深夜作業をせざるえなくなり、リゲイン、リポビタンD、アスパラドリンクなどを、一日三本ほど飲んでいた。 個人的な感想としては、無水カフェインのアンプルが一番良く効いた。しかし、強烈に胃に負担がかかるので、胃薬を併用することをお勧めする。
 私の使っているクスリが、ほとんどすべて医者の処方によるものであることに、医学的な理由はほとんどない。
 民間薬は高いので使わない。
 クスリのヒグチなどのドラッグストアで売っている薬は、医者の処方するものより、効き目が悪く、しかも保険が使えないというりゆうで、胃薬以外はあまり買うことはない。
 そう、あと目薬はドラッグストアで、一番安いものを買って、使っているが、これはビタミンBの補給用だと割り切っている。
 あと、これはクスリではないが、朝の便通を良くするために、濃いめにいれたブラックコーヒーはかかせない。
 仕事を終わって、帰宅してからのアルコールについてはいうまでもないだろう。

 クスリが趣味だというと、きまって身体に悪く無いかと聞かれるが、はっきりいって良いはずがない。
 たぶん、あと、十年もすれば肝臓か腎臓、もしくは両方のクスリが、常用薬のリストに入っているはずだ。
 それがわかっていてなぜ?
 と問われると、それは趣味だから、楽しいから、と答える以外に自分としては理由がない。
 趣味というものは、釣りや、ジグソーパズルなどを含めて、不健全な部分がたしかにある。その不健全さが、世間の許容範囲に入るものが、良い趣味とされ、それ以外は悪趣味とされる。
 たとえば30年前ほど前までは、タバコは許容範囲にはいっていたが、どうしてそうなったのかは知らないが、とにかくいまでは、悪趣味とされている。
 この前スターバックスでコーヒーを飲もうとしたら、友人は嫌だといった。スターバックスではタバコを吸えない、というのを初めて知った。
 自分の感覚では、コーヒーを飲みながら、タバコを吸う、というのはごくごく当たり前の光景だとおもっていたのだが、最近はそうでは無いらしい。
 この後、幾人かに聞いたところ、首都圏のコーヒーチェーン店では、店内禁煙という店が増えていて、喫煙区画を設ける、分煙というのもやめる方向だという。
 悪趣味というものはつね迫害されるものであり、そこがまた一種独特な快感にもなるのだが。心の準備が出来ないままに、悪趣味に分類されてしまった、タバコ愛好者には、なるべく早く、この感覚を身につけて欲しいものだ。

 クスリが趣味なのであるが、医者の処方する薬か薬店で売っているもの、という限定が、悪趣味の一歩手前で、踏みとどまらせている。
 もし、あらかじめ医者云々の前説をつけておかなければ、Drug(ドラッグ)が趣味だ、といったならば、ほとんどの人間から、悪趣味だと断言されるだろう。下手すると警察に通報されかねない。
 ドラッグといえば、マリファナ、コカイン、覚醒剤、ヘロインなど、非合法なものを指すのが一般的で、これらを常用するのは、悪趣味どころか間違いなく犯罪者として処罰される。
 もっとも、昔は覚醒剤はヒロポンとして、マリファナは大麻として民間薬として、コカインは有名な探偵が使用していたという歴史もある。
 がしばらくして、これら薬物の副作用、統合神経失調症を誘発することが判明。これが個人的にも社会的にもリスクが大きすぎるため、悪趣味から、さらに非合法へとされたのだ。
 大麻については、ヨーロッパの一部で再度合法化されているので、他のものも、どうなるかはわからないが、根本的な副作用問題が解決していないので、たぶん合法化はむりだろう。

 副作用、というものはどんなクスリにも存在する。 常用しているアモバンには、口の中が苦くなる、アルコールと一緒に飲むと、短時間の記憶を失うという作用がある。
 もっとも、この与えたい効果以外の、ありがたくない作用、というのが思わぬところで、見直されることもある。
 催眠薬のサリドマイドは、妊婦が服用することで新生児に肢体の欠損を起こす、という大規模な薬害を引き起こした。
 これは、サリドマイドが末梢血管新生を妨げる(血管新生阻害作用)ことから起きた悲劇だった。現在この副作用が多発性骨髄腫の治療に使用され(ガン細胞が血管をつくるのを抑制する)、効果が確認されている。
 薬学者によると、クスリに副作用というものは無く、たまたまある病に対して効果がある部分が、存在するだけ、だそうだ。
 パキシル。セロトニン再取込阻害薬(SSRI)にも、これから先、予期せぬ副作用が出てくる可能性は大いにある。
 なにせ、脳内のセロトニンの量を調節することが、なぜウツを軽減するのか、はっきりした理屈はわかっていないのだ。
 しかも、依存性が高いので、旅行先でクスリを忘れたりしたなら、ちょっとしたパニックをおこすだろう。
 知人でなくても、そんなものやめてしまえ、というのはよくわかるはなしだ。

 しかし、やめられるかといえば、どう考えても無理だ。
 一度、楽になってしまったものを、やめるというのは、そうとうな覚悟が必要で、よっぽどせっぱ詰まらない限りは、まずやめられない。
 悪趣味と断罪されても、コーヒー店から閉め出されても、タバコ愛好者の数はここ数年あまり変わっていない。
 ましてや、医者からクスリを貰うことは、悪趣味にすら入っていない現状では、たぶんクスリの量はかわらないだろう。
 いや、新薬は常に開発されているのだから、この先増えていくことは想像に難くない。
 もし、これに歯止めがかかるとすれば、経済以外に理由が思いつかない。
 たばこ税を一箱500円に増税すれば、愛煙家の数は激減するという試算がでているが、たぶんこれは正しい。
 保険の個人負担率が5割になれば、趣味とはいえ、かなりクスリは減るだろう。
 極端な話、肩こりで死ぬことはあまりないのだ。
 だが、どんなにクスリを減らしたとしてもアロプリノール、先月号で発祥した痛風の薬、だけはなんとか飲み続けたいものだ。



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