沈んだ都

黒川[師団付撮影班]憲昭

 フェスティバルゲートは、
環境コンセプト「海底に沈んだ都市」
のもとにつくられました。
       館内インフォメーション冊子より

 新今宮駅東口降りて目の前にそびえ立つ、都市型立体遊園地フェスティバルゲートは116億円の累積赤字(平成13年度まで)を抱えて、まさにコンセプトのごとく沈没しようとしていた。

 大阪、JR環状線「新今宮」駅のホームからは通天閣が見える。
 そしてその側に、ディズニーランドの「眠れる森の美女城」に大蛇がからみついたような建物がある。
たまに二対の巨大な振り子のようなものが揺れているので、知らなくともあんがい見つけやすいだろう。
 ちなみに、大蛇はジェットコースター、振り子は回転ゴンドラで、初めて乗る人にはかなり好評だと列車の中で話していたのを聞いたことがある。
 しかし、残念ながら、これまでフェスティバルゲートにはなんの興味も持っていなかった。
 劇症ジェットコースター発作症候群の持病を抱えているので、しょうがないことではあるのだが。ある友人からもうそろそろ閉鎖するかもしれない、という噂を聞いて(のちに根も葉もない駄ボラであることがわかったが)いってみようか、という気持ちになった。

 いまから六年前。通天閣商店街の東に市バスの操車場があった。駅側の広大な平地はまだ、もったいない、という思いを多くの人に抱かせるころだった。
 大阪市幹部の間にもも、ここは一つ、少しさびれてきた通天閣界隈をにぎやかにしたろやないか。とかいう気持ちが働いたことは多いに察せられる。
 ただ、バブル以降財政赤字が増えてきていたし、これからオリンピックも来るので、なるたけ金をかけたくはなかった。
 そんなところへ信託銀行からなかなかによい話が持ち込まれてきた。
 そこの土地を30年ほど貸してくれませんか?
 建物の建築費の借り入れ、店子の募集、そのほか運営のもろもろはすべてこちらでやらせてもらいます。テナント料金でかなり儲かるはずなので、それを大阪市と銀行で分けることにしましょう。
 いわゆる「土地信託」方式という話だったが、初期投資の資金がいらないというのは、地主である大阪市にとっては悪い話ではなかった。
 ただそのころの大阪市はまだ「財政赤字団体への転落の危機」というほど借金があるわけでもなく(オリンピックが来て景気もよくなることやし)、土地信託などというまどろっこしい方法ではなく、直接、もっと低金利で資金を借りてビルを建設するという方法もあっただろう。
 そこで信託銀行側も知恵を絞った。そしてひらめいたのが遊園地だった。
 ディズニーランドよりも便利な場所(なんせ環状線の内側だ)に遊園地をつくれば、客が来ないはずはない。隣の通天閣商店街や、天王寺動物園ともあわせて、この一帯は浅草を数倍大きくした世界的な観光地になるはずだ。
 そのような思惑があったかなかったか、とにかく大阪市はこの案に乗った。

 平成16年3月の平日。荒天が続いたあと、久々によく晴れた日。フェスティバルゲート二階のエントランスは広々としていた。広場恐怖症の人間にはたぶんたえられなかっただろう。
 メリーゴーランドは賑やかなマーチを鳴らしながら親子を乗せて回っていた。親が一人、子供が一人、合わせて二人。
 頭上で、ガラガラと音がしたので見上げると、ジェットコースター(ヒエー)が建物の間をからみつくように走り回っていた。
 何故か乗客はいなかった。
 広場に吹く風はとても冷たかった。
 晴れてはいたが上空1500メートルにはまだマイナス6度の寒気が残っていたのを、つくづくと思い知らされた。
 風邪をひかないうちに建物の中に入った。
 最初に入ったのがメリーゴーランド左手にある、倉庫のような文房具屋だった。
 激安という看板通り、広い店内には文房具が野積みなっていて、コクヨの電話番号簿が100円で売っていた。倉庫というよりも、処分品、廃棄物置き場という方が正しかったようだ。
 元々は4階に店舗があったそうだが、最近移ってきという話を聞いた。
 この店のパートらしきひとに、フェスティバルゲートの入り口はエスカレーターを登った二階だが、一階は何に使っているのか訊ねたら、市バスの操車場とのことだった。
 どおりで一階奥へ入り込む場所が解らなかったはずだ。
 建物を出る前に、一階の地下鉄連絡口から右手の通路を行くと、バス降り場の奥にバスが何台か止まっているのを確認した。
 二階の案内図によると、店舗用に27区画が用意されていたが、6区画空いていた。もっともこれくらいの空きは昨今の駅ビルにもあったりするので、あまり珍しくはない。
 この階で一番ひろい3区画を使っていたのがビーズなどアクセサリー材料を商う、貴和製作所という店でけっこう客が多かった。
 三階に上がる。
 案内図によるとこの階には30店舗が有るはずだったが、エスカレーター脇の一つを除いてすべて閉鎖されていた。
 占いと、お化け屋敷のアトラクションが内部にあったようだが、これもだいぶん前に閉鎖されているようだった。
 なぜか目立たないところに、阪神タイガース優勝神社なるものがあり、ご真影のごとく85年メンバーの写真が飾ってあった。賽銭箱もあったのでとりあえず五円玉を放りこんだ。
 4階には10店舗があるはずだったがここも完全に閉鎖されていた。誰もいないフロアに有線放送でモーニング娘。らしき歌が響いていた。
 5階にではフードコーナーが開いていてホッとした。客が三人もいた。他に50近いテーブルもあったが気にしないことにした。
 コーラを注文する。店主らしい男がコーラをいれる間、休憩なのかアルバイトの女の子がカウンターから外へでていった。
「遊園地というのに静かですね」
「平日はこんなものです」
 店主がいった。
「うちはエキスポランドにも店を出していますが、やはり平日にはお客さんは少ないです」
「じゃあここも休日になったら……」
「お客さん多いですよ」
 今度、交通博物館が出来るようなので、もう少し忙しくなるかもしれません。
 そういって、店主はついたての向こうへ去っていた。コーラは一杯168円だったがそれだけの収穫はあった。
 6階はセガのゲームセンター。型落ちのパチンコ台がメインらしく、将来パチプロを目指しているような小学生達が真剣に台へ向かっていた。
 7階はシネマ・コンプレックス。入り口の一番目立つところに「シベリア超特急3」のポスターがかかっていた。
 下に降りる途中にあった料金表によれば、開業当初には18のアトラクションがあったようだが、その内6つはすでに休業していた。
 あと8階もあるのだが到達するまでに、しばらく館内を回る必要があった。結論からいうと3つあるエレベーターのうち一番東のエレベータの4階から6階のいずれかから8階へゆくことができる。
 8階へゆくと別になにも貰えない。経験値も上がらない。BRIDGEというNPOがここから非営利の音楽を発信しているだけだ。
 一見、場末のライブハウスだっだ。ただ南側に大きな窓があるので明るい。録音機器とグランドピアノ、ドラムセットなどがあった。
「貸しスタジオではないのですか」
「いえ、うちはNPOですので商売みたくなるのはできないんです」
「貸していただけると聞いてきたのですが」
 かまをかける。
「それは○○の紹介ですか。それなら下のNPO事務所のXXに聞いてみて下さい」
「ここ以外にもNPOが使用しているのですか?」
「3つくらいありますね」
 NPO(民間非営利団体)か。なるほど大阪市にコネがあって、安く借りられる、ここは恰好の場所だろう。大阪市も金にはならないが、少なくとも市民のためという大義名分もたつわけだ。
 礼をいってエレベーターで4階へ戻った。
 エスカレーターで下の階へ降りるたびに、人影が増えていく。明るい蛍光灯と音楽の響く廃墟を巡ったあとだったので、自分以外に人がいるということがひどく新鮮に感じられた。
 2階の大阪プロレス会場「デルフィンアリーナ」の前に人だかりがする。16:00時から試合が始まるのだ。
 スペル・デルフィンがえべっさんと組んでブラックバファロー、Gamma組と闘う。こちらの方がいままで見てきたものよりも現実感を感じたことに苦笑した。
 隣接するがフェスティバルゲートとは関係のない世界のお風呂「スパ・ワールド」の横を通って、北側の新世界商店街にむかう。
 狭く、薄汚れた、猥雑な街に近づくにつれ、安らかな気持ちになっていった。



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