兵隊さんがならんだ

黒川[師団付撮影班]憲昭

 今回も前回にひきつづいて連載が落ちる寸前なのであります。もはや極限的な状況に置かれているといっても過言ではありますまい。
 どれくらい危ないかといえば、兵隊さんが点呼を始めてしまうくらいにせっぱ詰まっているのです。どういうことかともうしあげれば。

 ラッパが鳴って兵隊が整列した。
 隊長が号令をかけた。
「番号!」
「イチ」
「ニ」
「サン」
「シ」
「ゴ」
「ロク」
「シチ」
「ハチ」
「キュウ」
「ジュウイチ、もといジュウ」
 ひとりとちった。
 隊長がいった。
「点呼やめ。最初からやり直し」
 最初の兵隊に戻る。
「原稿が落ちそうになったら兵隊さんに点呼をとらせろ」
 といった最初は吉川英治か、あるいは五味康介か。諸説ありますが、じっさいにやらかしてしまったのは見たことがありません。
(正確にいうと、清水義範氏の短編で「点呼」をかけた場面を読んだことがありますが、あれはわざとであって清水氏が落としそうになったわけでない、と思うのであります)
 整列したのが「一個師団」だったということにすれば、今年の連載分はすべて号令と番号だけで済ませることができます。
 さらにもう少し詳しく状況を説明するすれば、もっと続けられそうです。
 たとえば次のように。
 1944年、D−DAY直前の某日、ドイツのロンメル元帥は指揮下にあるB軍集団を整列させて点呼をとった。
「Zaulen!」
「ein」
「zwei」
「drei」
「……」
(B軍集団は第15軍・第7軍によって編成され、各軍は当然、相当数の師団によって構成されていたのであります)
 さらに、その様子を対岸で見て取った米軍のアイゼンハワー将軍は、英国に集結した連合遠征軍をすべて整列させて。
「Number!」
「one」
「two」
「three」
「……」
(この時点で連合遠征軍は30万人規模の兵力を集中させていました)
 とやり始めたことにすれば、今世紀中の連載分くらいはなんとかなりそうなのであります。
 詳しく考えると。両軍合わせて100万人くらいの兵隊さんしかいないので、今世紀分にはあと少し届かない可能性もあります。
 しかしながら、これだけの人数がいれば、とちる、奴も相当な数でてくるので、十二三回繰り返せば来世紀分の連載分もなんとかなりそうであります。
 この方法をさらに地政学的に拡大すると。
 米英の上陸作戦と相呼応して、東部戦線でも大規模な反攻計画をたてていたソビエト軍のジューコフ元帥は第1白ロシア正面軍を整列させて。
(これは米英の以上のどえらい数です)
 そして極東では中国共産党の毛沢東が、大陸での主導権を握った人民解放軍の全兵を整列させて。
(これはもう何人いたのかそれこそ大雑把な数しかわかりません。だから点呼をとるのでしょうが。いったいどこへ並ばせたのか、たいへんに興味のあるところです)
 蛇足ながら、やはりソビエト軍にも、人民解放軍にもかならずとちる奴が、下手すると連隊を編成できるくらいでてくるはずであります。
 こんなに点呼ばかりしていて、いったいいつ戦争をするのか、という疑問すらでてくるのでありますが。たぶん彼らは点呼をとりながら戦闘をしたのでしょう。
「番号!」
「いち」
「にい」
「さん」
「し、どわあ撃たれた!」
「いかん、一人減った。最初からやり直し」
「番号!」
「いち」
「にい」
「さん」
「しい」
「ぎゃあ当たった!」
「番号をいう前に死んでしまった。最初からやりなおし」
「番…、やられたあ」
「前線より本部へ隊長が戦死しました。点呼を再開できません」
「司令部より前線へ。大至急そちらへ隊長を送るのでしばらく待て」
 こうなるとなかなかに戦争というのは忙しいものであります。
 そしてどうにかこうにか、点呼と戦闘をやり終えることが出来たとしても、次の瞬間から戦後処理というやっかいな問題が発生します。
「なんとかフランスを開放できた」
「隊長。フランス人が食料の配給を求めています」
「何人くらいだ」
「たくさんいてわかりません」
「よしフランス人に点呼をさせよう」
「隊長。自分は第二外国語がドイツ語だったのでフランス語で番号をいわれてもわかりません」
「困った。俺はスペイン語だ」
「連中は気位が高くて、解っていても英語を使おうとしません」
「わかった。とりあえず後方に至急通訳を送るように連絡しろ」
 フランス語通訳くらいなら、なんとか間に合わせられるかもしれませんが。下手にネパール人やフィンランド人などを開放したりすると、辞書を探すだけでもえらい苦労になりそうです。
 そして開放した人間の中にも、とちる奴が必然的にでてくるわけであります。
 さらにさらに時は流れ、時間軸を未来方向に拡大していくと。
「航空宇宙軍全軍に点呼をとる」
「無理です」
「軍隊であるかぎり点呼をしなければならない」
「恒星間に戦線を広げた軍隊をどこへ整列させるつもりですか?」
「センチュリーステーションの“前”」
「全軍が集結するまで、たぶん隊長は生きていませんよ」
「ワープさせろ」
「そういう小説ではありません」
「仕方がない。通信によって点呼をとる」
「やれというならやりますけどね」
「番号!」
「イチ」
「ニ」
「サン」
「…シイ」
「…………………ゴ」
「………………………………ロ、………………ク」
「なんだえらく間延びしとる」
「通信が返ってくるまでのタイムラグです」
「なんとかしろ」
「なんともなりません」
「サン」
「なんだこんな未来でもとちる奴がいる」
「この際、未来だからというのは関係ないと思いますが」
「でもロクの次はナナだ」
「これはとちってるわけではなく、どうやら亜光速で移動中のようですね」
「どういうことだ」
「光速で移動する宇宙船を外部から観察すると船内の時計が遅れているように見える、というアインシュタインがどうこうとかいう例のやつです」
「アインシュタインがとちったのか」
「ではないと思いますよ。たぶん」
「ジュウナナ」
「わあ! なんだこりゃあ」
「そんなことを聞かれても。そういう小説だとしかいえませんね」
「でもいきなりジュウナナ、ということはないだろう」
「そりゃそうです。おかしいなあ。ブラックホールによる空間の歪みかな?」
「「番号!」」
「どしぇええ! 点呼をかけられてしまった」
「もうなんでもありですね」
「でも俺はいったい何番目なんだ?」



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