平成日本真夏の託宣

黒川[師団付撮影班]憲昭

「にほんはたたられておる」
 電話の向こうで息を飲む気配があった。
「相次ぐ議員の辞職。堕落した有名企業。とどまるところのない凶悪犯罪。
 これらはすべてたたりのせいじゃ」
「……ではどうすればよいのでしょうか?」
「荒霊をおいさめするたまには、しかるべくおまつりするせねばならぬ」
「おまつり?」
「そう、おまつりをするのじゃ」
「おまつり……。ひとつ景気よくおまつりをやるわけですね」
 声が俄に明るくなった。ようやく彼はこちらの意図が理解できてきたようだ。
「そう、いっちょ、はでに、いきませう。」
「ぶわっといきますか」
「ぶわっといこう」
 ははははは。
 真夏の深夜のことである。

 話は今月の始めに遡る。
 ある議員が辞職した日の深夜。自称、日本国宰相小泉純一郎氏から電話がかかってきた。
 ちなみに私のところには、アラファト議長、オサマ・ビン・ラディン、ブッシュ大統領、イエス・キリストなどを自称する人間から、月に一度くらいのペースで連絡がくるので、自称小泉氏くらいならばあまり意外でもない。
 で、この自称小泉純一郎氏は、最近業績が悪く、このまま景気がよくならなければ、職を失いそうだとえらく深刻なことをいってきた。
「責任のいったんはあなたにあるのだから、職を失うのはしょうがないな」
「なんで景気の悪いのが、私のせいなんですか?」
 やはり彼は自分の仕事を理解していないようだ。
「仮に、景気が回復しないのはわたしのせいであったとして。私にいったいなにができるというのか教えて欲しい」
 開き直った。一国の宰相がそんなことではこの国は長くはない。
「単刀直入にお聞きしますが、いったい日本の状況が悪いのはどうしてなのでしょうか」
 そう問われた瞬間。突然何かが私に降りた。
 そして降りたものが告げたのが冒頭の、「日本はたたられています」ウンヌンのお告げであった。

「おまつりをするのは、やはり靖……」
「喝!!」
 へへえ、と平伏する気配。
「そのような独断的かつ単純な考えが、支持率の低下を招いたのが解らぬか」
 へへへえ。と恐れかしこむ。
「今回のたたりの根は深い」
「ひょっとしてシシガミさま?」
 どうも自称小泉氏の思考回路は単純過ぎる。
「あたらずとも遠からずだが……。やはりそちではわからぬものじゃ」
「その荒神様の正体とはいかに」
 それこそは。
 次の一言に、自称小泉純一郎は驚愕しションベンをチビッた。
 本来なら、ここでその正体を明かさねばならないのであるが、言霊として印刷することすら危険な神であるためあえて書くことはしない。
 が、それ以降のやりとりを記すためには、どうしてもその名に触れねばならないので、以降あえて仮の名で記すこととする。

「“三丁目の山田さん(仮名)”がお怒りだとは、確かにいわれるまで解りませんでした」
「そこが君達政治家の悪いところだ。“三丁目の山田さん(仮名)”が怒っていないはずがないじゃあないか」
「ご指摘ありがとうございました。早速官房長官とも相談して、善後策を検討したいとおもいます」
 政治家が善後策ウンヌンというときは、たいていなにもしないものであるのだが。
「ところでその善後策の中身はどのようなものを考えているのか?」
「とりあえず都内に“三丁目の山田さん(仮名)”大明神というものを建設し、盛大におまつりするという線でいくつもりです」
「喝!!!」
 へへへへえ。
「それくらい“三丁目の山田さん(仮名)”が鎮まると思っているのか!? それがいったい景気回復にどのように繋がるというのだ!?」
「それは、神社を造るなら、当然建築業者が」
「喝!! 喝!!!」
 へへへへへえ。
「その様な旧来的発想が“三丁目の山田さん(仮名)”を怒らせておる」
「ではセンセイどのようなおまつりをすればよいのでせうか」
 自称小泉氏が畏まって問いかけた。
「まず“三丁目の山田さん(仮名)”のお札が降るのじゃ」
「お札? 現金をばらまく?」
 どうもこの自称小泉氏は救いがたい。
 かんでふくめるようにいわなければいけないようだ。
「江戸時代お伊勢参りのブームが起きたのは知っておるだろう?」
「ああ、例のお札が降ったエライコッチャ、エライコッチャ、ヨイヨイヨイヨイ」
 おまけにこいつは悪乗りしやすい。
「そのおかげで当時、大規模な旅行ブームが全国的に発生した」
「おお、旅行ブーム。ディスカバージャパン。いい日旅立ち」
「旅行となれば、旅館、乗り物、土産物、ありとあらゆる第三次産業が活性化する」
「そのうえ、宗教行事でありますから、賽銭、お守り、おみくじなど元手がかからずぼろ儲けなものが、たくさんあります」
 そうそう、だいぶわかってきた。
「けれども」
 自称小泉氏が不安そうにいった。
「何処にお札が降るのでしょうか? そもそも加持祈祷をおこなったところで、お札が降るという可能性はほとんどないのでは」
 いくら変人とよばれても、ここら辺の思考は凡人とさして変わらない。
「降らざれば、降らせてみせる、お札かな」
「おお、そうでありました。改革に聖域なし、需要がなければ、むりやり喚起する、が内閣の目指しているところなのです」
 で、具体的には?
「お札でありますから造幣局に発注します。そして数千万枚のお札を自衛隊のC130から全国に投下します。さらに公共広告機構のCMで御利益をうったえれば間違いありません」
 なるほど、まあ、アウトラインはそんなところだろうが、惜しいかな細部の詰めが甘い。
「それではお札にプレミアがつかぬ」
「……プレミア」
「そう、第一次、第二次、第三次、というようにお札の細部を変更しながら、少数ずつ降らせたほうが市場価値がつく」
「なるほど」
「さらにお札をスタンプ台とするのだ。いわゆる、四国八八カ所お札参り形式じゃ」
 自称小泉氏は感動で声もでないようだ。
「どうだそうすれば、旅行者の群が、全国各地で見られるようになるであろう」
「JRのポ○モンスタンプラリーですら、あれだけの利益をあげたことを考えると、景気回復は間違いなしです」
 なんとなく論点がずれているようだが、自称小泉氏に、あまり正確な理解を求めるほうが無理なのだろう。
「早速、実行に移したいと思いますが、最後にセンセイにお聞きしたいことがあります」
「わかっておる。“三丁目の山田さん(仮名)”のことであろう」
「ご慧眼感服いたしました」
「あれは捨てて置いてもかまわぬ」
「はあ?」
 頓狂な声があがった。
「“三丁目の山田さん(仮名)”を祀るということは。これまでの因縁に区切りをつけ、それまでのいきさつの一切を水に流す、ということである」
「…………。」
「神としてはらい、奉る、ということをした時点で、すでに“三丁目の山田さん(仮名)”は、我々を守る福の神となるのだ」
「確かに、天神様などは、その典型例ですね」
「神様として祭り上げてしまえば、あとは自ずから神格化され、おのずから色々なご利益がもれなくついてくる」
 自称小泉氏はまだ釈然としないようだった。
「ようはしかるべき方に、“三丁目の山田さん(仮名)”、を神として祀っていただく。そしてお札を公認していただければ、そこから先はオートマティックに進むことになっているのだ。この国は」
 自称小泉氏は完全に理解した。
「で、スタンプラリーの件ですが、どこか候補はありますか?」
 さすが自称小泉氏この辺は行き届いていた。
「それならば私の地元によい神社があってな」



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