毎月20日と毎週金曜日には600円で大阪市営地下鉄と市バス、ニュートラムが乗り放題になる。通常、一日共通乗車券の値段が800円だからずいぶんお得だ。
大阪の地下鉄は運賃が高い。
一区間200円、最も利用者の多い梅田から難波までは二区間、ほんの4kmほどなのに230円もする。
なのでこれまで大阪市営の公共交通には極力乗らないようにしていたのだが、このチケットの存在を知ってから、金曜日は大阪市内で地下鉄かバスに揺られていることが多くなった。
たとえば最近の金曜日にはこんな風だった。
朝、天王寺駅でフリーチケットを購入。
ゆくあては無かったが、とりあえず新大阪行きの地下鉄にの乗り込む。
ドアの横にある路線図を眺めていると、鶴見緑地線というのが気になった。
花と緑の博覧会EXPO90、通称花博の跡地は公園になって、当時の咲くやこの花館が、今も植物園として残っている。
12年前は、人混みにもまれて這々の体で逃げ帰った場所が今はどう変わっているのだろう?
そんなわけで、その日はまず鶴見緑地にゆくことにした。
心斎橋駅でのりかえ。
鶴見緑地線は御堂筋線よりもさらに深く、長いエレベーターを地底に降りてゆく。
車両は他の路線と比べると、いささか小ぶりに感じたが、車内が空いていたのでゆったりと座ることができた。
心斎橋駅から20分ほどかけて、鶴見緑地駅に到着。案外と遠い。
花博記念道路を渡り、まず目についた展望塔に登ることにした。
どことなく薄暗いエントランスには他のお客の姿はなく、3人の係員から案内をうけ、200円のチケットを買ってエレベータに乗り込む。
独りだけを乗せたエレベーターが地上60メートルの展望室に到着し、ドアがひらくと同時に歌声が聞こえてきた。
声を張り上げるのではなく、無意識に口ずさんでいるようだったが、展望室内には物憂げな外国語の歌声が満ちていた。
その声と人の気配は、展望室を半周するころには消えてしまった。そしてエレベーター前に戻ったとき、自分一だけが地上60メートルの場所にいるのが解った。
曇り空と、排ガスのために視界が悪く、下に広がっているはずの芝生公園は、あまり手入れが行き届いていないようで、所々赤い土がむき出しになっていた。
そんな眺めだったが三回ほど展望室を巡った。途中エレベータホールに、プリクラが置いてあるのに気づいたが、コンセントが抜かれていた。
納得したので地上に戻った。
お目当て咲くやこの花館には、カメラを担いだ初老の男女の姿が多かった。
蓮が花をつけていて、池の欄干には数台のカメラが並んでいた。何気なく下を見ると、望遠レンズの先端に取り付けるフードが水底に転がっていた。
メーカー純正部品だと4000円くらいするのを知っていたので、一瞬水のなかから拾い上げようかとも思ったが、係員が側にいたので諦めた。
ここだけに限らないが大阪市の施設は清潔だが。ペンキが剥げていたり、整備中で封鎖されていたりしていることが多い。
にも関わらず、係員の姿は結構多いというのが、お役所たるゆえんか。
もっともそのおかげか植物園自体はよく手入れが行き届いていた。なかでも海紅豆や幾種類ものハイビスカスなどの夏の花々がよかった。
特別展の約100近い食虫植物のウツボカズラは、地味であったが、好きな人にはたまらないだろうとおもわせるものだった。
植物園を出てから乗馬苑の看板をたどって公園の北東に向かう。
大阪市内で馬を見ることは滅多になく、さらにその調教を行っている光景はなかなか興味深いものであった。
炎天下、ひたすら決められたルートを飽きることなく歩く馬を眺めていたら、いつの間にか午後一時近くになっていた。
鶴見緑地駅に戻るのも面倒臭かったので、とりあえず当てずっぽうで、公園近くの広い道路を歩く。 20分ほど歩くと外環状にでたので、とりあえず着た布施ゆきのバスに乗ってみた。
バスは外環状に乗って城東区を南にむけて横断していく、少し遅くなった昼飯を何にするか考えながら、バス路線図をみていると、地下鉄千日前線新深江駅と交差することが解った。
新深江駅から鶴橋駅までは2駅ほど。というわけで鶴橋にゆき韓国冷麺を食べることにした。
事務用品のコクヨ本社の横から、新深江駅へ降りて、千日前線に乗り込む。
それから数分もすると鶴橋に到着。改札のあたりから早くも焼き肉の臭いがしていた。今回は焼き肉屋の並んでいる反対側の、市場の方を回ってみた。
チジミ、キムチ、らふてー、など韓国料理の材料が多く並ぶ市場は、どことなく沖縄の公設市場によくにていたが、精肉店の多さはここならではだろう。
ワールドカップの終わった直後で、あちこちに韓国代表を讃える張り紙があった。
普通ならもう少し市場をひやかしてあるくのだが、午後二時も過ぎて、いい加減腹も減ってきたので、適当な安そうな店に入った。
カウンターでマッカリを飲み過ぎヘベレケになった二人組の横で食べた冷麺は、なかなかによい味だった。
腹も一杯になったところで、とりあえず日本橋駅にゆく(とりあえずゆく場所が日本橋というのは人としてどうかと思わないでもないが)。
黒門市場の入り口にあるペットショップで、猫に遊んでもらいながら、これからの行き先を考えていると、阪急電車によく似た犬が売れていった。
大阪で一番充実している阪急のワイン売場を見学するのも後学のためにもよいだろう。
猫に別れを告げてから、堺筋線、谷町線と乗り継いで東梅田駅に到着。阪急百貨店地下食料品売場を訪れた。
が、
ずらりと並んだ店員、4桁がざらという商品達、さらにアイスワイン試飲一杯2000円、などにビビってすぐに洋酒売場から逃げ出した。
これまでどちらかというと、阪急より阪神百貨店の方に好感を持っていたが、これからは阪神をより強く支持していくことに決めた。
その阪神の立ち食いコーナーで、ミックスジュースを飲んで気を落ち着けてから、これからどこにいこうかと考えた。
もういい加減疲れたので、梅田駅から御堂筋線で天王寺駅に帰ろうかとも思ったが、夕暮れまでまだ時間があったので、もう一カ所どこかによってから帰る事にした。
梅田駅から本町駅、本町駅から地下鉄中央線に乗って大阪港駅で列車を降りた。
これまで天保山に登ったことがなかったので、一日を山頂で締めくくるのも悪くないと思ったのだ。
ちなみに天保山は日本一低い山として知られ、気を付けていないと通り過ぎてしまう、と登頂経験者から聞いていた。
確かに、駅を降りてからあたりを見回しても、それらしいものは見あたらなかった。
交番で場所を聞くのも何となく気がひけたので、どうしたものかと思っていると、視界の端で白い物が宙に舞ったような気がした。
そちらの方にゆくと、ちょっとした人垣があり、その真ん中で大道芸人が二本の棒の先端につなげた紐で、白い鼓のようなものを投げあげては受け止めていた。
天保山のショッピングセンター前の広場では、よく大道芸をやっているが、この芸は初めてだった。
白い鼓は三階くらいの高さまで上がって、落ちてくる。
受け止めた紐の上で鼓が回転するキュルキュルという音をたてて、唐突に勢いよく宙へと舞い上がっていく。この繰り返しだけなのだが、しばらくの間目が離せなかった。
大道芸人とその両手に持った棒の影が、夕日をあびて長く伸びていた。
大阪港駅から本町駅に戻った。
難波に寄ろうとちらりと思ったりしたが、そのまま御堂筋線で天王寺駅に戻った。
あとはJRに乗って家に帰るだけだったが。なにかを忘れているような気がした。
そして、改札機から出たばかりのフリーチケットをみて、忘れていた事を思いだした。
券売機にいく。
そこで切符を買おうとしていた女子学生に、フリーチケットを押しつけた。
「おっちゃん、おおきに」
という声を背中に聞きながら(おっちゃんとは誰のこっちゃ?)、券売所を後にした。
なかなかに使いでがある共通乗車券。
たまには地下鉄や市バスに一日揺られる休日はいかがですか?