関西では十月に入ってようやく涼しくなってきましたが、皆様のおられる地域ではいかがでしょうか?
今月も法律関係の話題がいろいろとありました。特に連載第六回で取り上げた中古ゲームソフトの適法性を巡る裁判で、大阪地裁が中古ソフトは違法であるという東京地裁とまったく逆の判断をしめしたということがありました。この件については詳細な判例解説が手に入り次第お伝えしようと思います。
さて今回は法学の世界から少し離れて、先日大阪で行われた公開対談についてレポートしたいと思います。
十月二日、大阪シナリオ学校が主催する九十九年秋の公開講座が行われ、今回はSF作家対談ということで新井素子、高井信の両氏による「小説の創り方 長編VS短編」と題する講演が行われました。
当日は大阪シナリオ学校の催しとしては過去最高の百名弱の参加者が集まり、その中には学校の講座を受け持つプロの作家や出版関係者の姿も多数見受けられた。
対談が始まって、まず最初に九月十一日に東京・九段で開催された星新一氏を偲ぶイベント「ホシズルの日」の模様について報告がありました。ショートショートの名手である高井信氏、星新一氏の推薦により新人賞を受賞した新井素子氏とそれぞれに故人と深い関わりのあったことを語り、あわせてSF界の巨人について思い出を話されました。
ここでお断りしておきたいのは、今回の対談では高井信氏はもっぱら聞き役に回り、新井素子氏の話が中心となったことです。高井信氏は大阪シナリオ学校の講師も務めており、今回は東京からきた新井素子氏のためのホスト役に徹したのと、とくに新井素子氏の創作方法が極めてユニークなものであったため、その話の方が面白いということで聞き役に回られました。
さてイベントの報告の後、まず作家としてデビューするためにはどうすればよいかということについて話が始まったのですが、早々に次のような結論が出てしまいました。
「作家としてデビューするためには新人賞に応募するのが一番の近道だ、ただしつぶれない出版社であること」
前段はごく常識的な意見なのですが、後半の部分にお二人のプロ作家としての経験が感じられます。お互いに奇想天外からデビューされ、大陸書房などを渡り歩いて現在に至った経歴は伊達ではなく、つぶれないで原稿料をしっかり払ってもらえる会社と仕事をするべきだ、としみじみと語り合っていた姿が心に残っています。
この後、休憩を挟んでいよいよお互いの創作方法についての話が始まります。
ところで後半が始まって早々、いきなり対談中のお二方が何かを見つけて不意にいすの上で絶句してのけぞるのが見えました。視線の先をたどって後ろを見ると、夢枕獏氏が席に着くのが見えました。ちょうどその時話していたのが、一日に書くことが出来る原稿の量とそれを大量にこなすことの出来る同業者についてのことだったのはご愛敬というべきか。
対談のタイトルにあったように、後半の最初は新井素子氏による長編の書き方について話からです。
新井素子氏の最新作である「チグリスとユーフラテス」について、この作品の実物を見たことのある方はおわかりでしょうが、ハードカバーで千枚以上ある大作です。けれどもこの作品を企画した当初は連作短編の構想で、これほどまで長くなる予定はなかったそうです。
確かにこの作品はいくつかの独立した話が一つの章となり、それがまとまって一冊の本になっているので、連作であるのは確かでしょう。しかし各章ごとの枚数が三百枚を超えるのはどう考えても短編ではありません。
新井素子氏の創作の方法はキャラクターと会話をしながら作品を創ってゆくというものです。
そのためにまず二十歳のキャラクターを登場させるならば、生まれてから現在まで二十年分のエピソードを創る。キャラクターの両親、兄弟、祖父母、従兄弟くらいまでは当然設定を創っておく。
キャラクターそれぞれのエピソードを創るのは主役級の登場人物だけではなく、少し重要な関わりがあるようなキャラクターまできちんと創る。
小説はキャラクターに向かって「いったいどうしたいの?」「あなたはいったいどうしたいの?」と尋ねながら進めて行き、その過程で新しくキャラクターのエピソードがわかる(思いつく)とキャラクターの設定や話の内容を変更してゆくこともしばしばある。
また小説を書くときにはキャラクターに徹底的に感情移入して小説の進行と共に怒ったり、泣いたり、笑ったり、喚いたりするので執筆中の姿は誰にも見せられない、だそうです。
「(創ったキャラクターと)罵りあいができれば彼・彼女と一緒に話をたてられる」と新井素子氏は持論を力説しておられました。
ちなみにこのキャラクターのエピソードはすべて頭の中で作り上げるので、紙やワープロに記録するということはないそうである。だから普通長編を書くときはプロットなどをメモしておくことはないのだが、「チグリスとユーフラテス」の時は未来史という設定だったので、ワープロの打ち損じの裏に年表を作ったとのことでした。裏話として、この年表がしばしば無くなってしまいその度に作り直すのが面倒だったとのことです。
ここまでの間、高井信氏はほとんど口を挟まず新井素子氏の話を聞いていました。そして途中、小説の書き方にはいろいろな方法があると感心しきりでありました。
ここまで書いていてふと思いついたのですが、新井素子氏といえばぬいぐるみのコレクターとして有名で、ぬいぐるみを擬人化したエッセイを向かし読んだ記憶があります。これは子供のやるごっこ遊びとよく似ており、それが創作の秘密ではないでしょうか?
長編の書き方を一通り話し終わったあと、次に短編の書き方ということになったのですが、新井素子氏は短編を書くときには事前に念入りにプロットを組み立てメモ書きにする、と長編の時とはまったく逆の話を始めます。
短編は一つオチさえ決まればすぐに書ける、という高井信氏はこれを聞いてまた驚きます。
一方、新井素子氏は短編の場合は注意していないとずるずると話しがのびていって、気がつくと三百枚くらいは平気でいってしまうので事前によっぽど注意していないといけない、と熱弁されていました。
では、雑誌などの枚数の制限のある仕事は大変じゃないですか? と高井信氏が水を向けると、最近は書き下ろしの仕事以外はしないことにしています。という極めて合理的な答えが返ってきました。なるほど、それならば枚数についてあまり気にしなくても良いはずです。しかし、このやり方がすべての作家に通用するような気がしないのはどうしてでしょうか?。
ここまで進んだ後、時間も押してきたため質疑応答ということになりました。特に記録するような質問はありませんでした(いつも不思議に思うのですが、講演会の後の質問というのはどうしてああ面白くないものばかりなのか?)。最後に両氏からとにかくプロ作家になるためには小説を書いて完成させることが大事です、という言葉をいただいて閉会となりました。
講演会が終わったあと機会があり、講師の方々や会場にみえたプロ作家の方や出版関係者の皆さんとの打ち上げに参加しました。もっともそこで小説論など話すような野暮な集まりではなく、馬鹿話をしながら酒を飲んだだけなのでとりたててこの件について書くことはありません。
でも最後に一つだけ、家に帰って新井素子氏とお酒を飲んで来たと妹にいったらひどくうらやましがられました。