アルバトロス文書

黒川[師団付撮影班]憲昭

警務隊本部より軍令部長へ報告。
 地球極東地域統括警務部隊はオオサカ・シティにおいて、かねてから内偵中であった外惑星連合の工作員とみられる人物に対する拘束行動を開戦と同時におこなった(行動の詳細及び諸経費の請求については別紙B一一三を参照)。
 該当人物は逮捕直前に激しく抵抗し、ウメダ・ステーションでの銃撃戦の後、地下鉄でナンバ方面に逃走、現在カマガサキ地区に潜伏中とみられる(負傷者に対する特別手当の請求を別紙C四、消費弾薬の補充要請を別紙D二五にそれぞれ添付)。
 拘束行動と同時に別働隊によるセーフ・ハウスに対しての急襲も併せて行われたが、既に電子ファイルは初期化されており、若干のシュレッダーダストを回収するにとどまった(ドアロックの解除を依頼した現地業者、合鍵のロックマンからの請求書のコピーを別紙A一に至急扱い)。
 現地部隊はシュレッダーダストの一部再生に成功。そこから得られた情報を敵性工作員のコードネームから「アルバトロス文書」と名付け警務隊本部に送付(命名者のNK大尉からの商標登録ならびに著作権申請を別紙W五四に添付)。
 警務隊本部は各課に対して「アルバトロス文書」の評価を依頼、また人事部に対しては今回の行動の成果を昇進にしかるべく反映させるよう意見具申(評価依頼は別紙F二一五参照、意見具申については警務隊本部長の署名と共に別紙A二重要扱い)。

 第三課法務企画班は警務隊本部から送付された「アルバトロス文書」を受けて、外惑星連合の今後の活動について、法務面からの予測と対応策を独自にまとめ軍令部(オオサカ支部)に対して提出した。以下の文章はこのレポートからの抜粋である。

 「アルバトロス文書」について第三課が着目したのは以下の点についてである。

@外惑星連合の勢力分布。
 「アルバトロス文書」によると東京、名古屋、大阪の協力隊中枢地域(以下、東名阪中枢)に対して、例会に参加出来ない地域を外惑星連合として位置づけている点に着目した。
 現在日本国にて発行される時刻表によると、通常の交通手段(徒歩、スキー、バイク、自転車、列車、飛行機、船舶、たらい等)をもって、例会に参加した後当日中に帰宅する事のできない地域は日本国内においてかなり限られていることがわかる。
 ゆえに通信傍受特務班から提出された通信ログには、愛媛、仙台、長野等の地名がこれみよがしに出てくるが、これらはいずれも外惑星連合による欺瞞工作である可能性が高いと推定される。
 ゆえに第三課では外惑星連合の本部所在地は、尖閣諸島、竹島、北方領土、のいずれかにあると推定。艦隊の一部をこの地域に派遣することを提案する。
 なお、この地域については外惑星連合以外に若干の危険性を指摘する声が一部から上がっているが、法律上は日本国内であり第三課では特に問題はないと推定する。

A第三勢力への対応について。
 「アルバトロス文書」によれば、外惑星連合はその拡大のために、第三勢力(仮称)なる存在に対して働きかけを強めてきている。
 この第三勢力なるものには、かなり有力な人物が加入していることが警務隊の内部調査により判明しているが、中でも東名阪中枢のトップに近いA氏、H氏、S氏の三氏の去就は対外惑星戦略全体に影響を与えることは必至であり予断を許さない。
 外惑星連合は第三勢力の前記三氏に対して、買収工作を企てており、これが事実ならば法務部全体としては第三勢力に対して事情聴取を行わねばならないとの結論に傾きかけた。
 だが作戦課及び外宇宙艦隊からの、オブザーバーからの強力な意見により事情聴取については断念する事に決定。同時に外惑星連合の動きを牽制するために、こちらからも同様のアプローチ(つまり買収工作をする)ことに対して法的な正当性を与えるための準備を開始した。
 第三勢力に対する買収工作は軍令本部直属の特別班がこれにあたることとし、現金や有価証券はなるべく避け、形式上現物の貸与とできることが望ましい。
 第三課から特別班へのアドバイスとして、A氏には戦略研究所で保存している妖怪を、H氏には素直に護衛艦を一隻(イージス艦ならばより可)、S氏にはかなり難しいがiMac(青色)をそれぞれ貸与するむね打診することを提案する(多分、S氏は怒り出すだろうがその時は配偶者に対する間接アプローチを試みること。ダイビングサービス付きの南の島を提示すればなんとか取りなしてもらえるだろう)。

BSETI@homeの浸透への懸念。
 第三課が実施したごく狭い範囲のアンケートからも、隊員全体の情報端末にSETI@homeのプログラムが組み込まれている例が、多数発見された(このプログラムについては同名のホームページを参照のこと。外宇宙艦隊の探査チームが興味を示している)。
 「アルバトロス文書」によれば、外惑星連合もこの事実に気づいていることが判明し、この方面からの敵の攻勢が近い将来行われる可能性が高いことをうかがわせている。
 匿名のアンケート回答者によると「やあ、僕はPentiumIII 500HZのマシンを十台持っているんだが、もしよければ君のチームに入ってあげてもいいよ。ところで話は変わるけど君は外惑星連合って聴いたことあるかい?」といった明らかに不審な人物からのメールがきたと報告がある(他のアンケートによると、高エネルギー研究所の保有するスーパーコンピューターの最高権限を持っている。JPLの研究者にコネがある。俺は中州産業大学の教授だ。など巧妙な誘いもあるようだ)。
 第三課ではこのような、いかにも怪しい誘いに隊員が乗らぬよう、軍令本部付けで厳重な注意喚起をする事を勧告する。詐欺にあっても法律は必ずしも被害を救済するわけではない。しかも現在は戦時である。自分の身は自分で守ることを徹底されたし。

C小松市攻略計画。
 「アルバトロス文書」でもっとも注目されたのはこの計画である。我々、第三課にとってもこれは大きな盲点であり、この点においては外惑星連合の戦略は優れているといわねばならない。
 この計画は日本で起きた一八六〇年台の動乱からヒントを得ていることが調査において判明した。明治維新と呼ばれるこの争いでは各陣営とも、天皇をその自陣に引き込むことが最終的な勝利への近道であるとし、しのぎを削ったと記録にある。
 錦の御旗=大義名分、を手に入れたおかげで薩長陣営は劣勢であった鳥羽伏見の戦いに勝つことが出来たともいわれ、このことは外惑星連合にとって大きなヒントとなった様だ。
 天皇を手中に収めた陣営が勝つ、という構図は今回の外惑星動乱でも十分に生きている。
 谷甲州ファンクラブにとっての天皇とはなにか? 
 その問いに対して必然的に小松市攻略計画が生まれたのだ(隊員の中に小松市の持つ重要性がわからない人間はいないとはおもうが、念のため「エリコ」のあとがきを読むように)。
 外惑星連合は密かにその保有する「陸戦隊」を小松市周辺に移動させる可能性が高く、現時点でタナトス戦闘団が小松市攻略に投入されたならば、我々はその攻勢を支えきることは困難であるといわざるを得ない。
 そこで第三課からの提案であるが、軍令部は可及的速やかに小松市とその周辺に戒厳令を引くべきである。これは超法規的な措置でありこのような提案は本来第三課がするべきものではないことは承知している。しかしながら小松市が陥落するような事態になれば東名阪中枢そのものが危機に陥る。下手すると我々の方が賊軍とされてしまうのだ。軍令本部の大胆な決断を第三課は期待している。

D地球極東地域統括警務部隊に対して。
 第三課は速やかに責任者を軍法会議にかけることを提案する。



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