宇宙ゴミ問題について

黒川[師団付撮影班]憲昭

『宇宙旅客機にデブリ衝突』
 日本時間の2月3日未明、北米大陸上空高度百五十キロの宇宙空間において新日本航空の成田発ニューヨーク行のニューオリエントエキスプレス十七便にスペースデブリが衝突、多数の死傷者が出ているとの連絡が外務省に入った。事故機はニューヨーク国際空港に緊急着陸し、現在乗員乗客の捜索と救出活動が行われているが、機体の損傷が激しく作業は難航している。
 新日本航空東京本社によると事故を起こしたのは同路線を航行するスペースプレーンBS401で、大気圏再突入シークエンスに入る直前、交差軌道上にあった少なくとも数個のスペースデブリがキャビンを直撃したと見られる。その際に少なくとも乗客の内、数名が外部に放り出され、また急激な減圧により多数の負傷者が出ている模様。詳しい被害状況については現在調査中で、搭乗していたと見られる邦人の安否についても今のところ不明。外務省は現地大使館員を現場に派遣し邦人の安否の確認を行っいる。乗員乗客名簿については確定し次第速報の予定。なお搭乗者についての問い合わせは新日本航空東京本社広報室事故対策本部まで。
 今回事故を起こしたBS401には乗員乗客あわせて、ほぼ定員いっぱいの百二十六人が乗っていたとみられ、宇宙空間での事故としては過去最悪のものとなる公算が高い。遠距離を結ぶ弾道軌道を航行する路線は、成田発のものだけでも一日に五十便以上が運行されており、航空関係者からはかねてからスペースデブリとの衝突に対する危険性が指摘されていたが、今回その懸念が現実のものとなった。今後、宇宙航空機を運行する各社には速やかな安全対策が求められるだろう。

 THE PROMPT REPORT by Nippon Net News (JST08:00 FEB/03/2062)

【スペースデブリ(space debris)/宇宙ゴミ。宇宙残骸。人工宇宙漂流物の総称で、デブリは「破片」の意味。】

 将来、宇宙空間を通る弾道軌道を飛ぶような宇宙航空機が就航したならば、遅かれ早かれこのような事故が起きるのは、まず避けられないと思っていた方がいい。
 現在地球の周りには多数のスペースデブリが存在しており、実際スペースシャトルによって回収された実験衛星にも、デブリの衝突跡と見られる穴がいくつも見つかっている。また近い将来に低軌道を回る通信衛星などで被害が出ることが懸念されており、現実に去年アメリカで起こった衛星回線の通信途絶事故の原因の一つがデブリの衝突では無いかと一部では考えられている。そして、これからますます宇宙との往来が多くなるにつれて、ゴミの量も増えてゆくと考えるのがまず妥当だろう。
 航空宇宙軍史では「どん亀野郎ども」において爆雷の爆散破片を一種のデブリとして扱っており、その意味で非常に先見的な作品であるといえる。考えて見れば機動爆雷というもの自体が、ある空間に速度を持った微小デブリをまき散らすものであって、このことからも戦争というものが壮大なゴミの生産行為であるという説に、かなり説得力があると思えるのだがいかがだろうか。
 閑話休題、今回のような事故が起こった場合いったい誰がどのような法律で裁かれるかということが法学上問題となる。被告となるのは簡単にいってしまえばデブリを出した国で、これは宇宙法で規定する「打ち上げ国の絶対責任の原則」がその根拠となっている。
 もともとスペースデブリは定義からいって自然現象であるはずはもちろんない。誰かが人工物を打ち上げて、節分の豆よろしくまき散らしたのだ。他人が往来する可能性のある場所にゴミを捨てて、それによって誰かが被害を受けたならば、捨てた者に対して損害賠償の義務が発生するのというのは当然と考えていい。
 それが故意に捨てたか、そうでなかったか、あるい止むを得ない事情があったかなどによって、刑法上の処罰内容は変わってくるが、民事上で「誰かに」損害賠償の義務が発生することには変わりない。ここでは問題を単純にするために損害賠償請求についてだけを論じるが、それはいったいどのように行われるのだろうか。
 通常の航空機事故の場合では、その損害賠償を請求するための裁判は、その機体の登録国の裁判所で「原則として」行われる(国際民事訴訟法における旗国法主義の原則)。仮にスイスで登録された航空機が日本で事故を起こした場合、スイスの国内法で判決が下されることになるわけだ(チケットが安いからとむやみに途上国の飛行機を使うと、事故が起きたときの補償金額が先進国の航空会社と比べてただ同然となる場合があるのでご注意を)。この法理論を類推適用すればこの事件の場合、デブリを打ち上げた国が被告となって、日本国内で裁判が行われることになる。
 ここで問題となるのは、デブリを打ち上げた国をいったいどうやって特定するかということになるが、これはご想像の通りかなり難しいことになる。
 地球周回軌道上のスペースデブリは7.9km/s〜11.2km/sの速度を有している。当たり前のことだが、これ以下の速度ならば重力によって地球に落ちてくるし、これ以上の速度ならば地球の引力圏の外に飛び出してしまうからだ。米国の軍用ライフル銃M16A2に使用されるM855弾の初速度が947.5m/sであることを考えると、軌道上のデブリは最低でも実にこの八倍以上の速度で、地球の周りをめぐっていることになる。仮に数グラムのデブリであったとしても、この速度で直撃を受けたなら航空機の外壁などは濡れたボール紙程度にしか役に立たない。ちなみに前出のM855弾の重量は4g、近距離ならばケプラー繊維製の防弾ジャケットでも楽に打ち抜くことが出来る。しかも、もし宇宙空間でデブリが当たったのが一気圧で与圧されたキャビンであれば、膨らんだ風船に針を刺した時のように、最悪の場合キャビン全体が一気に破裂する可能性さえある。
 NORADが現時点で追跡しているスペースデブリは実に千個以上に上るが、数グラムの微小デブリまで把握することは現時点では不可能であることを軍関係者も認めている。そして、今回の様な事故を引き起こすためには、その数グラムの微小デブリが数個あれば足りてしまうのだ。
 軌道上を周回する一個のボルト、あるいは親指ほどの破片が、いったいどこの国から打ち上げられたものか、それを調べるのは近い将来では不可能だといわざる得ない。つまり今回のスペースプレーンの事故は賠償責任者が見つからず、まさに「運が悪かった」と片づけられてもしょうがない状況になる可能性が非常に高い。
 我々がこの宇宙旅客機の事故から学べることはなんだろうか。危険だから弾道飛行は見合わせるということでは多分ない。どうやって危険なスペースデブリを出さないようにするか、そしてどれだけ注意しても発生してしまうであろうデブリを、迅速に処理するための体制をいかに作るかが求められているのではないだろうか。
 ここで提案したいのは全ての衛星打ち上げ国に対して、その軌道に投入した質量ごとに強制的にある金額を拠出させ、それによってスペースデブリの処理と救命救難活動を行う組織を設立することである。この組織は定期的に地球周回軌道を掃海するため、専用の宇宙船とそれを運営するための基地を持ち、出来れば常時軌道上に駐留する人員を持つ。そして、スペースプレーンが機体の損傷によって大気圏への再突入が不可能になった場合に備えてのバックアップ用の機材も併せて保有する。出来ればこの組織の形態は作業の危険性と緊急時の迅速な対応の必要性から考えて、軍の組織形態に近いものが望ましいと思うのだがいかがだろうか。
 多分、我々は航空宇宙軍の原型となる組織を来世紀の半ば頃には目にすることになるだろう。

<付記>この原稿は先月発売されたのモーニング(1月29日号)に掲載された「プラネテス 屑星の海(幸村誠 作)」から着想を得ている。デブリの処理業者をテーマにした本作品は、ハードSFの持つ雰囲気をよく伝える上品な短編で個人的にとても気に入っている。また作者自身が航空宇宙軍史のファンであると語っているが、確かにデブリの衝突の描写は爆雷の直撃を受けたときのイメージを絵にしたらこうなるだろうと思わせる。作者はこの作品がプロデビュー作ということなので機会のある方はぜひ読んでみて欲しい。



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