恒星間シーレーン

林[艦政本部開発部長]譲治

 本当は船体の話にしようと思っていたんですが、ふと思い付いたんで恒星間シーレーンの話。
 恒星間でシーレーンというのも変な話ですが、まぁ、通商路というような意味くらいに思ってください。なにしろ概念そのものが確立していませんから
正確な名称もまだ産まれていないのです。
 話を進める前提として、宇宙船はラムシップで1Gで加速し、中間地点で1Gの減速を行う航法を用いる(宇宙船には常に1Gの加速がかかる)。そしてラムシステムは宇宙船の速度が光速度の10%に至ってから作動し、それまでは自前の推進剤により移動する(減速の最終段階も同じ。つまり宇宙船の速度が光速の10%以下の時は質量比のことを考えねばならない)こととします。

 1Gで加速を行った場合、ラムシステムが使えるようになるまで35、6日かかります。この間に宇宙船が移動する距離を光日単位で表すと以下のようになります。

地球時間(年) 移動距離(光日)
0.01 0.02
0.02 0.08
0.03 0.17
0.04 0.30
0.05 0.47
0.06 0.68
0.07 0.92
0.08 1.20
0.09 1.52
0.10 1.88

 0.1年(36.5日)加速を続けるてもその間に宇宙船はたかだか1.88光日しか移動していないことがわかります。もっとも宇宙船がほぼ光速度に到達する1年後でも宇宙船の移動する距離は154光日(0.42光年)に過ぎませんが。

 仮に地球から宇宙船を毎日1隻づつ送り出すとすると、このわずか2光日にも満たない領域に36隻もの宇宙船が存在することになります。
 例えば6光年離れたバーナード星にこうした通商路があったと仮定すると、通商路の両端(地球とバーナード星側)154光日に365隻の宇宙船が存在し、さらに恒星周辺2光日の領域に36隻の宇宙船が存在する。(ごく単純に考えると)残り5.16光年の間には1880隻以上の宇宙船が存在する事になりますが、これらの宇宙船相互の距離はほぼ1光日、宇宙船の密度は前者の状況と比べると著しく疎になっていることが分ります。
 通商路全体に存在する宇宙船は2600隻ほどになりますが、この内の28%が宇宙船がほぼ光速に達するまでに移動する(または減速する)0.84光年つまり全体の14%の領域に集中していることがわかります。さらに4光日(2光日*2)の領域について考えると全体の0.18%に過ぎない領域にじつに全体の3%近い宇宙船が集中していることがわかります。

 こうした事を踏まえて考えるならば、もしも通商破壊が行われるとしたら少なくとも宇宙船がほぼ光速に到達する以前の0.42光年の領域で行わなければならない。宇宙船の密度とそれぞれの宇宙船の速度の事(ほぼ光速の宇宙船をどうやって発見するか?etc)を考えると、宇宙船がほぼ光速で移動している領域での通商破壊は不可能に近い。

 一方で、上であげた例では2光日移動した段階でラムシステムに切り替わるようにしていますが、2光日から154光日の領域では宇宙船は質量比の問題をなんら気にする事無く移動することができます。
 これは通商破壊をもくろむ宇宙船の性能にもよりますが、質量比を事実上考えなくてもよいような宇宙船相手の軍事活動は難しいと考えるべきでしょう。相手は推進剤の残量など考えない機動が可能なんですから。

 そうなりますと通商破壊の対象と成る領域は、

のおもに二つの理由から2光日以内の領域に限定されるはずです。たしかにこの領域では宇宙船の速度も遅いですし、密度も高いですから通商破壊の効率も高いと言えるでしょう。

パルバディ ですが、ここに一つ大きな問題が生じてきます。ラムシステムが作動するよりも低い速度域での闘いになるわけですが、そうした場合、通商路を防衛する側にしてみれば惑星間航行能力が有る宇宙船ならすべからくシーレーン防衛に使えるのです。 一方で、通商破壊を目論む側は相手の母星近郊2光日が戦闘領域になるわけですから、通商破壊用の宇宙船はすべて恒星間航行能力がなくてはなりません。しかも恒星間航行能力があったとしてもラムシステムが使用できるよりも低い速度で戦闘を行う訳ですから質量比の事も考えなければなりません。
 つまり通商破壊を行う側は(相手の領域に乗り込まねばならないから)技術的に惑星間航行用宇宙船よりもはるかに高度な恒星間宇宙船を必要とするにもかかわらず、実際の戦闘ではそうした技術的メリットを発揮する場面は無いわけです。
 例えばアコンカグアの場合。アコンカグアそのものは別に通商破壊を目的とした宇宙船ではありません。むしろ通商路の防衛任務がメインでしょう。問題になるのはアコンカグアとシリウス星系の力関係。
 アコンカグアは恒星間航行能力がありますが、シリウスでおもに任務についているの総勢100機を数える艦載機群。艦載機などと称しているものの、その実力はじつのところ第一次外惑星動乱当時のフリゲート艦並のものです。そしてこれらの艦載機群には当然ながら恒星間航行能力などありません。
 アコンカグアが想定している武力衝突ではシリウス側の宇宙船は惑星間航行能力しか持っていない。それに対応するアコンカグアの艦載機も同様です。アコンカグアそのものがシリウス側の宇宙船と剣を交えるような状況は宇宙船の性格の違い故にあまり考えられていないらしい。
 それではアコンカグアの存在意義は何か。強力な火力とか直接の火力になる艦載機を輸送するための恒星間航行プラットホームという面ももちろんある。だがそれいじょうに重要なのはアコンカグアが100機におよぶ艦載機群の後方支援をすべて賄っているという事実である。たかがシリウスの惑星間宇宙船に対処するためだけにそれだけの資源が必要とされる。
 100機におよぶ艦載機を運用するために必要な総ての要素をアコンカグアは持たねばならない。つまりそうしたすべての要素を持たなければ軍事目的に恒星間宇宙船を展開することは無謀なのです。
 攻撃側が恒星間を移動しなければならないという事は後方支援の問題からも大変な事業であることがわかるのであります。
 最後になりましたが前回のレーザー砲の命中率は計算が違わないかと言うご指摘がございました。あの命中率に関しましてはご指摘の通りです。だが数値については実はまだ問題があるのです。これにつきましてはいずれまた。



back index next