戦闘艦の船体を考える

林[艦政本部開発部長]譲治

 一般的に戦闘艦は同じ兵装(能力)ならば小型の方が有利だとされる。これは当然の話だろう。小型の方が発見されにくいし建造費も大型艦よりも小型艦のほうが安い。
 むろんただ小さな船体に過重な兵装を乗せればよいという訳ではない。船体に対して兵装過剰では、覇者の戦陣でも書かれた第四艦隊事件のような事が起きてしまう。また旧ソ連海軍の艦艇などは交通路などの容積を切り詰めたために整備などに支障を来たし稼働率を下げる一因ともなっている。つまりこの場合の小型艦とは無駄な空間がない合理的な配置の艦艇とも言い替えることができるだろう。
 日本の海上自衛隊の護衛艦やイギリスのミサイル駆逐艦42型やフリゲート艦22型などはこうした小型化を狙った艦艇と言えるだろう。
 では、艦艇は合理的に小さく建造するのが望ましい、で話が終るかといえば事はそう単純にはすまない。ここに一つ重要な問題がある。つまり兵器は進歩するのだ。
 護衛艦「たかつき」は1964年竣工の3000トンほどの艦である。竣工当時は射撃指揮装置はMk56、対潜兵装はダッシュという無人ヘリコプターであった。はっきりいってこれらは旧式兵器である。ダッシュにいたっては開発元のアメリカでさえ製造を中止しているくらいである。そこで1985年ごろにFRAM(艦艇近代化工事)を行った。いまではハプーンSSMやシースパロー短SAMを搭載した(ほぼ「はつゆき」DD並の)近代的護衛艦に改造された。
 もっと劇的なのがイギリスの駆逐艦42型やフリゲート艦22型だろう。兵装の進歩やファークランド紛争の戦訓から船体を大型にしなければならなくなったのだ。建造中のものは設計変更で船体を延長したが、すでに建造した艦のいくつかは船体を切断し胴体を追加して船体の延長を実現したと言う。
 軍艦の一生に要する費用の1/3は建造費で残り2/3は維持費であるが、こうした大規模なFRAMを行わねばならないとしたら建造費は節約できても維持費はむしろ高くついてしまうのだ。
 こうした現実から艦艇設計に別のアプローチを行ったのがアメリカ海軍である。アメリカ海軍にはスプルーアンス級という8000トンの駆逐艦がある。この駆逐艦は建造当初はひどく議会などに不人気な駆逐艦であった。なぜなら兵装の割に船体が大きく金がかかるくせに兵装は貧弱と思われたからである。もっとも建造費は極力低くおさえるために一括発注方式を採用、インガルス造船所で31隻すべてが建造されている。同一艦の大量発注が工期や建造費の面で有利なのはいまさら言うまでもない。
 だがスプルーアンス級のすごいのはそれだけではない。
 やはりアメリカ海軍にはキッド級という9500トンほどのミサイル駆逐艦がある。そしてイージス艦で知られるミサイル巡洋艦タイコンデロガ級9590トン27隻がある。じつはこれらの駆逐艦や巡洋艦の船体はスプルーアンス級の船体そのものなのである。
 スプルーアンス級は船体に余裕を持たせた設計と兵装にある程度のモジュール化を実施しているために、おなじ船体にイージスシステムを搭載するだけで(システムが搭載できる能力が船体にある)イージス艦になるのである。
 そうなると60隻以上も同じ船体を量産でき、しかも将来の兵装の進歩にも対応できる能力をもったこのスプルーアンス級の船体は建造費も維持費も安くできるのである。ただ、安いといっても8000トンクラスの艦としてであって日英のフリゲート艦のような4000トンクラスと比較すればやはり値段は高い。
 スプルーアンス級の考え方は非常に優れている反面、アメリカのような金のある国ではないと実現できない方式とも言えようか。
 ところで船体に関するこうした考え方を極限まですすめたものにドイツのMEKO360型フリゲート艦がある。このフリゲート艦は主に輸出を目的とした3600トンほど艦で兵装のスペックだけをみるとそれほど印象に残るものではない。だがこの艦の特徴は兵装にあるのではない。
 MEKO360型フリゲート艦は主な搭載兵装の艦内収容部をすべて同一サイズにコンテナ化しているのである。そうして発注者の希望に応じて搭載可能な兵装コンテナから最適の組み合せを選ぶことができるのである。これは建造面でもメリットがある方法で船体と兵装を同時に製造できるので工期はかなり短縮できる。
 このフリゲート艦に関する限り近代化は単純にコンテナの交換ですんでしまうのである。しかも修理やオーバーホールもコンテナの交換で対処できるために稼働率を90%近くまで引き上げることが可能である。
 この点は非常に重要である。日英のフリゲート艦が大規模なFRAMが必要云々と言う話も両国にそれだけの造船技術があるからに他なら無い。船体を切断してブロックを継ぎ足して延長するなんて工事はどこの国でもできる芸当ではない。例えば日本の護衛艦は色々と改修工事を施されることが多いが、それはつまりそれだけの技術があることが分かっているからであるとも言えよう。
 これはMEKO360型フリゲート艦もあまり高い造船技術も持たない国々に輸出されているが、高い造船技術を持つドイツ海軍には採用されていない事からも分かるだろう。高い稼働率を実現できるだけの技術があるならわざわざユニット化する必要はなく、逆にユニット化による兵装の無駄な部分の方が問題となるからだ。
 航空宇宙軍史ではアクエリアスがFRAMを受けて20年以上も現役で活躍している例がある。これはゾディアック級が余裕度の大きい設計であったためと太陽系内部では高い造船技術の恩恵を受けることが可能であるからであろう。だがもしも太陽系外の植民地で戦闘艦を運用しなければならない場合はどうか。太陽系内部のような高度な後方支援は期待できないだろう。そうした場合にMEKO360型フリゲート艦の設計思想は一つの解決策をさずけてくれるかもしれない。またもう一つのIFも考えられる。外惑星動乱当時の仮想巡洋艦がそうした設計をなされていたとしたらあの戦乱はどうなったのであろうか。

船体

MEKO360型フリーゲート



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