宇宙における大艦巨砲主義を考える

林[艦政本部開発部長]譲治

 宇宙空間での戦闘や軍事力のプレゼンスなどについて考えたときいわゆる大艦巨砲主義は成立するかどうかの問題があるだろう。これは別の言葉で置き換えるなら戦闘用宇宙船の力の差は何によるのかとなる。
 地球における水上艦艇の場合こうした問題は比較的単純であるといえる。大砲の口径が大きければ大きいほど艦艇の持つ力は大きい。そして巨砲を効率的に運用するためには艦艇も大艦でなければならない。
 例えば20センチ砲装備の巡洋艦と10センチ砲装備の駆逐艦を考えてみる。一般に水上艦艇は自らの搭載砲と同じ砲で攻撃を受けても耐えられるように作られている。だから巡洋艦と駆逐艦が戦うと巡洋艦の20センチ砲はやすやすと駆逐艦の装甲を貫くが、駆逐艦の10センチ砲は巡洋艦の装甲に跳ね返されるのが関の山であろう。
 では、「口径の大きさ=戦闘力の大きさ」という公式はレーザー光線砲などを用いる宇宙戦でも成立するのだろうか?結論から先に述べるなら答えは否である。
 もっともその前にレーザー光線砲とは何ぞや?という問題をはっきりさせる必要があるかもしれない。その光線が連続かパルスか、光学系や照射時間などの要素が問題点として考えられる。が、これらの詳細にはここでは触れない。単位時間に単位面積あたりに十分なエネルギーを与えることができる事。以後の話はこの条件を前提に進める事とする。つまり照射時間・エネルギー密度の条件は同じと仮定し、出力の大きさは口径(光学系の大きさ)に比例するとする。
 こうした前提の下でいま仮にレーザー光線が宇宙船に当ったとしよう。この場合にまず考えられるのは攻撃をした宇宙船と攻撃された宇宙船の運動は完全には同じではないということである。ほぼ同じ軌道にあるような場合はもちろんあるだろうが完全に同じ運動をする状況というのは考え難い。そうなると彼我の宇宙船の間にはかなりの相対速度差があることになる。そうなるとレーザー光線の当った宇宙船は丸く孔があくという従来のイメージとは異なり、宇宙船は相対速度の存在によりレーザー光線によって切り割かれる事となるだろう(場合によれば気化した装甲がプラズマとなる過程で衝撃波を作り出す可能性もある。ただ真空中で宇宙船にどれだけのダメージを与えるかは疑問。ちなみに尿道結石をレーザーで破砕する原理はこれ)。
 こうした状況ではレーザー光線砲の口径の大小は戦闘力にはほとんど関係がない。10センチで切り割こうが20センチで切り割かれようがいずれにしても宇宙船に与えられた損害は無視できない。レーザー光線が当ったならば口径にかかわりなく宇宙船は機能を停止することになる。場合によれば存在さえもだ。
 つまり戦闘用宇宙船のレーザー光線砲に関しては単位面積当たりのエネルギー密度とレーザー光線が目標に当ることが重要で、口径などは些末な問題でしかない。むしろ必要以上に大きな口径のレーザー光線砲はエネルギーの無駄である。
 宇宙において巨砲が無意味であることはわかったとして大艦の問題はどうだろうか。これもやはり宇宙では無意味なのだろうか?
 そこで次のような2隻の戦闘用宇宙船を考えてみる。片方は全長200メートルの巡洋艦、もう一つは全長100メートルのフリゲート艦である。話を簡単にするために双方の宇宙船の形は相似だとしよう。さらにフリゲート艦には機関出力の限界から10センチ口径のレーザー光線砲が1門だけ装備されているとする。
 さてこのとき巡洋艦はどうか。相似比から計算して巡洋艦はフリゲート艦の8倍の体積と質量を有する。しかし機関も8倍の出力を有するため機動力はフリゲート艦と変わらない(機関効率の向上はここでは考えない)。だが機関出力が8倍ということはフリゲート艦と同じ出力のレーザー光線砲を8門装備できる事を意味する。
 いまレーザー砲のFCSの精度をフリゲート艦も巡洋艦も等しいとしよう。そして仮に有効射程距離を1000キロとしてみる。この時、フリゲート艦は1000キロまで接近しなければ相手に対して攻撃を加えることができない。ところが巡洋艦の方は同じFCSを使用しながらももっと長距離からの攻撃が可能となる。
 つまり8門のレーザー光線砲を同一目標に向けたなら個々のレーザー光線砲の命中精度が1/8でも計算上は有効な攻撃がを行える。FCSの精度が距離の2乗に反比例するならば命中精度が1/8になるのはこの例では2800キロとなるだろう(図を参照のこと)。

命中率

 このように巡洋艦はフリゲート艦が攻撃位置につくよりもはるかに遠方から一方的に攻撃することができる。1000キロと2800キロの有効射程距離の違い。これは相対速度の差にもよるが秒単位の時間的余裕を攻撃側に与えてくれる。だがレーザー攻撃の勝敗はミリセコンド単位でつくだろう。従って巡洋艦はフリゲート艦が攻撃体勢に入る前に複数のフリゲート艦を(ほぼ)同時に攻撃することができる。
 こうした条件下ではある領域に1隻の巡洋艦があるだけで多数のフリゲート艦がそれに対処しなければならなくなるだろう。たとえ戦闘を交えなくても存在するだけで巡洋艦は相手の戦力を使用できなくしてしまえる訳である。
 いままでの話はFCSの能力が巡洋艦もフリゲート艦も等しいと仮定してきた。しかし一般にレーダーの分解能(ビームの絞り幅の狭さ)はアンテナの直径に比例する。そうなるとこの例では巡洋艦のレーダーの分解能は少なくともフリゲート艦の2倍はある。したがって有効射程距離は2800キロ以上はあるに違い無い。機関出力の大きさもレーダー精度の向上に寄与するだろう。
 こうしたことから考えるなら宇宙では砲の出力ではなく、FCSの精度故に大艦が有利であり、大艦巨砲ではなく大艦多砲が戦闘力の目安となるのではなかろうか。かつて海賊が横行していた時代には戦列艦といって巨艦に100門以上の砲を装備した軍艦が存在したが、宇宙時代にも別の意味で戦列艦が復活するかもしれない。
 ただ大艦巨砲主義を大艦をプラットホーム、巨砲をパワーと考えれば現在の空母を中心とした機動部隊も大艦巨砲と言える。そしてその意味では大艦多砲も結局は思想において大艦巨砲であると言えるだろう。

追加  前に計算したのだが、レーザー光線の出力が信じられないくらい巨大だと、なんと「光圧」で宇宙船を潰してしまう事も可能です。こうなるとまた大艦巨砲の世界ですね。もっとも効率とか色々難しい問題がありますが。



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