放熱板をどうするか

林[艦政本部開発部長]譲治

 戦闘用宇宙船の事を考える上でどうしても避けることができないのが放熱の問題であろう。残念ながら宇宙船の放熱という厄介な問題について言及している作家は谷甲州を含めてもごくわずかである。甚だしい場合には放熱問題の存在を知らないと思われるような作家すら無しとはしない。反面、それだからこそ放熱に関して素人が自由な(勝手な)議論が展開できるのだろうが。放熱の問題でもっとも議論されるのはステルス性能との関連だろうと思われる。
 ただ放熱に関しては核融合機関の放熱と居住システムの放熱システムは分けて考える必要があるだろう。これは当り前の話で億度単位の温度を扱う核融合機関と数十度程度の温度を対象とする居住システムの放熱ではそもそも対象温度の次元が違う。従って宇宙船内において冷却システムは少なくとも二系統は必要になるものと思われる。
 まず機関部の放熱システムは宇宙船から放熱される熱量の大部分をしめる事になる。したがってステルス性能を考える時に一番問題となるのはこの部分になるだろう。しかし、熱量を考えれば放熱板よりも機関そのものから噴射されるプラズマ炎の方が圧倒的に大きい。そして機関の放熱板は機関が活動しているまさにその時にこそ必要なものである。そうなるとステルスという観点から考えると機関の放熱はあまりこの問題に影響を与えるとは思えない。むしろ機関効率などに関する問題であろう。
 そうなると問題は慣性飛行中の宇宙船から放出される居住システムの放熱となる。アクエリアスに代表される宇宙船で居住区の放熱がどうなっているのか生憎と詳細は不明である。ただ閉鎖生態系の研究などからシステムを推測するのは可能だろう。
 一般に熱除去に用いる放熱システムの小型化のためには高い排熱温度にすることが必要である。しかし、システムが必要とする電力は温度差に比例して増大し、またカルノー効率が50%を越えると効率の向上に対して放熱板面積の低減効果が少ないことから排熱温度の上限は決定される。こうした事からヒートポンプの評価を行った場合、弗素アルコール系冷媒を用いた二段サイクルなどが有効であるという研究もある(この部分はCELSS研究会誌Vol4 No.1 1991.8の月面基地用放射熱交換機の小型化研究 泉谷直昭 小倉正 山本博康 によった)。
 このようなシステムによった場合、排熱温度は摂氏150〜200度前後になるらしい。確かにこれだけの温度の放熱板からの熱放射ならセンシング可能であるように思える。が、ここで考えなければならないのは放熱板の配置である。
 宇宙船の放熱板の配置の一例を図1にあげる。艦尾にあるのが機関の放熱板で、船体中央部に展開しているのが居住システムの放熱板である。

図−1
図−1

 放熱板の配置というのは実のところそんなにバリエーションがある訳ではない。放熱板の数に若干の相違があるくらいで基本的には図2のような配置がとられる。なぜならば赤外線も電磁波であるために直進する性質をもっているからである。放熱板から放射された赤外線を別の放熱板が吸収してしまってはまったく意味がないわけで、そのような事を防止するためにも放熱板は相互に直交するように配置される。例えばミールやスカイラブなどでもだいたい放熱板の配置はそんな具合になっています。

図−2
図−2

 ところでステルス性に関して放熱板は嫌われるが実際にセンシングする状況を考えると興味深い事がわかる。つまり赤外線は直進するが故に図2のように正面から宇宙船を観測した場合、観測者に対する放熱板の面積は最小になるため赤外線放射も最小になるのだ。だから放熱板の面積がいかに大きな物であったとしても観測者との向きによっては赤外線放射によって宇宙船を発見できる可能性は非常に低い物になる(これもセンシング技術が画期的に進歩すればまた違うでしょうが)。
 もちろん横方向から、つまり放熱板の面積が大きくなる向きから観測される場合もあるだろう。だが、集団で作戦行動を展開するならばともかく単艦どうしの戦闘ではこのような状況はあまり意味があるとは言えないだろう。なぜならば横方向から観測できると言う事はそれらの宇宙船の運動方向はほぼ等しいと考えられるからである(反対方向では観測したと思ったらもう距離が開いているだろうから)。
 確かにヴェルキリーはレーザーによる赤外線の着弾観測で遠距離レーザー砲撃を行ったが、普通のフリゲート艦などが放熱板からの赤外線放射だけで精密なレーザー砲撃ができるとは考え難い。
 もちろん機動爆雷を使う方法も考えられるのだが、機動爆雷の破壊力が宇宙船の(相対速度による)運動エネルギーによっている事を考えると並進する宇宙船に対する機動爆雷の効果はあまり期待できないと思われる。
 そもそも自分が赤外線を観測できたということは相手にも自分の赤外線を観測できるということだ。だから横方向からの観測もそれほど有利な位置とは言えそうに無い。ただ牽制を目的とする場合には効果的かもしれない。
 てな訳でセンシングについて考えると放熱板の存在は言われているほど不利な要素ではないのではないだろうか。



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