汎銀河世界の歩き方−「終わりなき索敵」のハードな世界

花原[私を「まちゅあ」と人は呼ぶ]和之

はじめに

 「終わりなき索敵」は近年希に見るSFの傑作である。これは、著者である谷甲州本人はもとより、支援団体(?)である人外協の隊員ならずとも認めるところである。その証拠に、見事今年の星雲賞を受賞したではないか(実は、これを書いている時点ではまだ受賞予定、なのだが…)。*1
 実際、「索敵」(「終わりなき索敵」をこのように略すのが玄人っぽい)は実に読みごたえのある、紛れもないSFである。近年頻繁に見受けられる、意味不明な言葉を羅列して時間と空間をすっ飛ばして読者を煙に巻きつつ何となく終わってしまう話や、美形のヒーロー・ヒロインが物理法則を無視して宇宙を飛び回る愛と青春のアドベンチャーとは、ひと味もふた味も違う。あなたが、SF関係のイベントで「いやぁ、『索敵』は面白かったですねぇ」とさりげなく口にすれば、あなたに対する周りの人々の評価が1ランクアップする…かも知れない。もっとも、ランクアップしたほうが幸せかと言えば、疑問が残るが…。
 しかし、それだけに「索敵」を読んでその面白さを人に語るのは大変である。1ランクアップを目指しつつも、「索敵」の読みごたえだけに感動して「良かった、良かった」と言っていると「『因果律』の巧妙さが見事だ」とか「『超光速空間流』関係の描写が良かった」などという会話を持ち掛けられた時に、思わずボロが出てしまうかも知れない。本稿は、柔らかいSFに飽き足らずよりハードなSFを求める、「索敵」を読んだ、もしくは読んでみたい、という方々に「索敵」の世界のトピックスを紹介するために書かれた。あなたがこれを読んだなら、是非とも周りの友人・知人・恋人・配偶者・両親・兄弟・子供・孫・その他ありとあらゆる人々に、「索敵」の、そして航空宇宙軍史の面白さを伝えてあげてほしい。そうして谷甲州の本が売れれば、私もまだ読んだことがない『CB−8』とか『36000キロ』を手に入れられるかもしれないからである。(これは「早川に谷甲州を再版させる方法」の特集ではないのだが…)

光よりも速く−超光速って?

 「索敵」を読む際に、どうしても知っておいて欲しいこと、それが「光速は超えてはならない」というこの(我々の住む)宇宙の約束事である。少なくとも現在確認されている物理法則に従う限りは、このことは厳然たる事実として我々の宇宙を支配している。あなたが、ワープやら何やらのいわゆる安易な超光速航行に慣れ親しんでいるならば、特に注意が必要である。この宇宙はそんなに作家に都合の良いようにはできてはいないのだ。例えば、14万8千光年離れた所まで一年で往復したり、若くしていくつもの恒星間戦闘をこなしてとんとん拍子に出世するなんて、物理法則を無視しなければ不可能ということである。
 「光速をほいほい超えてはならない」という物理法則を「できるだけ」守りながら、恒星間にわたる数光年あるいは数十光年の広がりを持つ世界を舞台に物語が進むのだから、「索敵」の世界では、ちょっと航宙しているうちに(あるいは、通信の返事を待っているうちに)、すぐに数年は過ぎ去ってしまう。例えば、ロックウッド少将が「近隣の」恒星系へ出掛けた時には、12年かかって小宮山艦隊から届いた復帰命令をさらに10年もかけて果たしている(335ページ)…もっとも、艦内時間ではもっと短い期間ではあるのだが。このことから、恒星間宇宙を舞台に大恋愛でもしようとすれば、常に同じ勤務先ででもない限りほとんど不可能だ、ということがお分かりいただけると思う(航空宇宙軍外宇宙艦隊の既婚の士官が単身赴任ということにでもなれば、これはもう、今生の別れ、となる。もっとも、汎銀河人は我々とそう違ったところのないヒューマノイドのようだから、赴任先で大恋愛…という可能性もないではないと思うのだが)。そういうことも関係しているのか、「索敵」で登場する女性は、汎銀河世界を含めてもマヤ・シマザキただ一人しかいない。
 さて。とはいうものの、「索敵」にも超光速のための技術は登場する。「超」科学に頼ることなく、「できるだけ」物理法則を尊守しつつ光速の壁を破るために、「索敵」の世界では超光速空間流(*5)を利用した宇宙航行技術が使われている。これは、自艦の存在情報を超光速空間流を通じて先送りにすることにより、光速を超えることによる矛盾を解消するものである(220ページ)。すなわち、我々の宇宙で艦船が光速を超えられないのは、情報の伝達速度が光速によって制限されることに由来する。艦船の移動は、必然的に、その艦船が「そこに」存在しているという情報の移動をともなうが、それが光速を超えられないところが問題であった。したがって自艦の存在情報さえ光速を超えて送ることができれば、情報的に矛盾なく光速を超えることができる、ということになる。
 このことを、あなたが大阪から東京へ行くことを例として考えてみよう。大阪で9時に別れた友人が、9時30分に東京に電話をかけてあなた自身が出たとしたら、彼はあなたが30分で東京にたどりついた、と思わないだろうか。例えば、友人の電話の短縮ダイヤルの記憶を操作したりすれば彼にそう思わせることは可能だろう(何かの推理小説のアリバイのトリックみたいだが…)。この時点であなたは、「少なくとも彼に対しては」大阪から東京まで30分で移動してみせたことになる。同様に、超光速航行の場合には、情報伝達速度が通常空間の光速を上回る超光速空間流を利用して自艦の存在情報を先送りすることにより、周囲の空間すべてに対して自艦が光速を超えて移動したと見せかけ、光速を超えられないという空間の物理的特性を欺くわけである。
 超光速に関する技術は、「索敵」の世界で戦術的・戦略的に非常に大きな意味を持つ。安易には使えない超光速航行のよさを十分に味わってほしい。

生身で軌道爆撃−戦士ダムダリ

 「索敵」の世界の宇宙空間における戦闘は、吟味されたハードウェアに基づいて構築されているが、だからこそダムダリの戦い方には新鮮な感動を覚えるに違いない。彼が保有している武器は機動翼(要するに複座のプロペラ飛行機)と粗末な気密服(というより飛行服(343ページ))くらいしかない。彼は、たったこれだけの装備で科学技術の粋を集めた航空宇宙軍の艦艇に挑み、撃破したのだ。しかも(これが大事なことなのだが)物理法則を無視した怪しげな「超」科学や何だかよくわからない「気」だのなんだのに頼ることもなく。
 ダムダリの戦い方のすごさは、ほとんど生身の人間が(低軌道とはいえ)宇宙空間へと弾道飛行をするところにある。地球における宇宙開発の最初期に行われた弾道飛行(例えばマーキュリー3号のアラン・シェパード<1961>)ですら、一応はちゃんとした宇宙船にちゃんとした宇宙服を使って乗り込み、それでようやく大気圏への再突入を果たした。ダムダリの場合には宇宙船はなく、その代わりをするのは蒼龍という巨大な生物が作り出す種子のための繭であり、大気圏に突入してゆく様子をその繭を通して自分の眼で見ながら降下することになる。自分を包む繭が大気との摩擦で燃えるのを全身で感じながら…。バラティアに駐留する航空宇宙軍の旗艦・グルームブリッジの撃破のときはもっとすごい。使用した「計器」は加速度とその累計を感触を通じて知るものであり(346ページ)、軌道の制御は自分自身の「手で」繭の形を変え、希薄な大気による抗力を変化させることによって行う(347ページ)。もちろん、このようなシステムで軌道誤差を修正し、爆弾を敵艦に命中させるためには、十分な経験と、訓練によって培われた感覚とが必要となる。
 ある意味で、彼の戦い方はゲリラ戦の最たるものと言える。はるかに劣った装備で敵を撃破するために、彼は(航空宇宙軍の知らない)自分の生まれ育ったバラティアの生物の能力を最大限に利用した。また、攻撃の効果を高めるために、敵艦艇の軌道をつぶさに観測した。装備の不足分は訓練で補い、敵が予測し得ないような戦術を用いた。
 我々がダムダリに共感を覚えるのは、彼の宇宙へのアプローチが(我々は彼のような伝説を持っていないにせよ)かつて我々がそうありたい、と望んだものだからかも知れない。限りなく身軽に、そして間近に宇宙を感じたいという願い−空を鳥のように(ギリシャ神話のイカルスのように)飛びたいという想いにも似た感情−を彼が満たしていることへの羨望とも言えるだろう。我々にしても、宇宙空間をコンピュータに頼るのではなく、自分自身の腕を頼りに飛翔することができれば…例えば、ハスミ大佐クラスのシャトル乗りになれば、そういった想いを少しは満たすことができるのかも知れない。

因果は巡る−華麗なる因果律

 原因は結果に先行し、原因と結果は矛盾しない−これが因果律である。実に当然のことだ。例えば、食べる前に満腹になったり、飲まないのに酔ったりすることはなく、食べた結果として満腹になり、飲んだ結果として酔っ払いになる。もっとも、飲まなくても「常に」酔っている人間が身近にいるかも知れないが、この場合は「飲む」という行為に関係なく酔っているので、別に因果律が破れているわけではない。少なくとも私は二十?年間生きてきて、結果が原因より先に起こったとか、原因と結果が明確に矛盾した…という例を見たことがない。しかし、ある種の問題では、事態がそれほど簡単でない場合がある。鶏と卵−という話を考えてみよう。鶏が先か、卵が先か。卵は鶏から産まれるが、鶏もまた卵からかえったひよこが成長した結果である。この場合はどちらが原因でどちらが結果か。また、時間を題材にしたSFに見られる、時間を(過去へ)移動するような状況では、問題がより複雑になる。有名な「親殺しのパラドクス」はその最たるものと言えるであろう。
 「索敵」では物語の最初から、因果律が問題となる場面が描かれている。SGへと向かう途中で、ロックウッド大佐は最初の(第一次先行観測の)プローブの発射時期を(理由がわからないまま)延期することになってしまう(10〜13ページ)。この結果として、作業体Kは単独でプローブに乗り込んでSGに向かうことになるのだが、停滞した時間の「檻」に捕えられてしまい、そこでユリシーズが破壊される宇宙を目撃する(41〜44ページ)。それは、K自身の過去とは異なる、第一次先行観測でプローブが射出された宇宙だった(47ページ)。Kは二つの矛盾する時間の流れの狭間で因果律を修復し、ユリシーズを救うための過去への情報の送信を行うが、これこそがロックウッド大佐に最初のプローブの発射を延期させた要因だった…。
 「索敵」の世界では、因果律は極めて巧妙に守られている。46ページの最後の段落に書かれているように、Kとプローブとの遭遇も、因果関係に矛盾が生じないように予定されていたものと言える。ここでは、因果律の破れは、Kを「時間の檻」に閉じ込めることによって防がれている。Kが理解したように、因果律を修復する特定の行動を起こさない限り、彼はその檻から脱出することはできなかった。言い換えれば、彼は(時間の停滞した世界で使うには妙な言い回しだが)「いつかは」その事実に気づき、そうした行動を取らなければならなかったのである。オルフェウス級観測艦の遭難の調査に向かったユリシーズU世の場合にも同様のことが言える。234ページのロックウッド大佐の言葉にあるように、彼らの帰還が、人類とSGとの遭遇に起因する歴史の改変をもたらすものであるかぎり、超光速空間流はユリシーズU世を飲み込み、因果律の破れを防ぐ振る舞いをすることになる。ロックウッド大佐はそれを察知したからこそ、100年以上かかる帰還方法を選択したのだった。
 因果律は、「索敵」全体を通じて完全に満たされる。どのように満たされるかについては、「索敵」を読んで直接味わって欲しい。ただ、因果律に関しては、実に谷甲州らしい(?)ヴィシュヌの台詞(158ページ)もあることを記しておきたい。

終わりなき索敵−「索敵」の索敵

 さて。あなたがこれを読んで、「是非『索敵』が読みたい」と思ったとして…。あなたは、(場合によると)困難な作業を行わなければならない。それが、「『索敵』の索敵」である。手近の本屋さんをのぞいてみて欲しい。(悲しいことに)きっと「終わりなき索敵」を見つけることはできないであろう。もし、あなたが「人外協」の隊員であるならば、大した問題はない。「索敵」をすでに持っているだろうし、持っていないとしても、あなたの周囲にはたくさんの「索敵」をあなたに貸してくれる人々がいるだろうから。「人外協」の隊員を友人に持つ場合も同様である。では、人外協とは縁もゆかりもない場合、どうすれば念願の「索敵」を読むことができるだろうか。その方法として、以下のようなものが考えられるので考慮してみて欲しい。
 [人外協に入隊する] これは実に簡単・確実な方法と言える。しかも、入隊してしまえば、谷甲州についての最新情報その他を満載した「甲州画報」を毎月読むこともできるし、毎月の全国各支部の例会(宴会)にも参加することができる。もっともお勧めの方法だ。
 [図書館で借りる] これも比較的なんとかなりそうな手法である。特集記事「あなたの町の谷甲州」を参考にして欲しい。
 [早川に増刷させる] 友人・知人も集めて本屋さんで「索敵」を注文しよう。たくさんの注文が集まれば増刷の可能性も高くなる。特集記事「早川に谷甲州を再版させる方法」も参考にして大胆な行動を起こして欲しい。
 [ひたすら探す] 焦らず、気長に探すこと。見つかった時の感動もひとしおであろうと思われる。古書店のほうが見つかりやすいかも知れない。

おわりに

 ここでは、「索敵」を読む上でのトピックスを幾つか取り上げたにすぎない。「索敵」は確かに航空宇宙軍史の集大成とも言えるもので、実に奥の深い物語である。当然、タナトス戦闘団やバシリスク・クルーなどのお馴染みの面々も(ゲストとして?)登場する。「索敵」を読み終えたら、この機会に是非、他の航空宇宙軍史の物語も読まれることをお勧めしたい。きっと、「SFっていいなあ」と実感できるだろうから。

脚注

  1. 受賞しました
  2. 我々青年人外協力隊の略称。ちなみに「青年海外協力隊」とは、ほとんど(全くというわけではない)関係ない。
  3. 惑星CB−8越冬隊」早川JAだが、絶版になっている。(正確には、「再版の予定が当面ない」……です(注:再版されました))
  4. 36000キロの墜死」どこから出ていたか忘れたけど、とにかく絶版。(講談社です)
  5. 非常な高速で移動する場合、時間の進み方が遅くなる。この現象は実際に超音速戦闘機を使った実験でも確認されており、「浦島効果」と呼ばれて古くからSFの世界ではネタとして使われてきた。
  6. 光速が通常の宇宙空間よりも速くなる空間流。つまり、光速を越えられないことには変わりがないのだが、光速自体が普通よりも速い空間のこと。超光速シャフトとも呼ばれている。とはいうものの、直接乗り込むととんでもないことになるので、航空宇宙軍はその利用に苦労していた。
  7. 「軌道傭兵」シリーズに登場するシャトル・パイロットで、ハスミ・オービット・シャトル社の社長。愛機イントレピッドと共に軌道上を飛び回っている。
  8. タイムマシンで過去へ行き、結婚する前の自分の親を殺したらどうなるか、という問題。「タイムマシンの作り方」(広瀬正の短編集。新潮か角川の文庫だったと思う)は、こういった問題を色々な視点から眺めていて面白い。興味のある方にお勧めしたい。

あとがき

 いろいろと書きましたが、これはあくまで私自身の解釈によるもので、正しくない部分もあるかと思います。あまり鵜呑みにしないで下さい。それから、実は私自身も、楽しく読めるソフトなSFも好きだったりします。ですから、ソフトなSFが好きなあなたも、決して私をいじめたりしないでください。

* 解説中のページ数は単行本の『終わりなき索敵』によります。

* 『惑星CB−8越冬隊』、『終わりなき索敵(上・下)』は文庫化され、書店で発見することは困難ではありません。

* 『36000キロの墜死』の発見は古本屋でも非常に困難です。




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