スペース・デブリの恐怖

花原[まちゅあ]和之

 「黎明の軌道邀撃機」楽しく読みました。ダッドが結婚していたというのは驚きです。まあ、それでも139〜142ページのドゥルガとの会話は彼の若かりし日をほうふつさせるもので安心(?)しました。それから、ハスミ大佐にはもう50年くらいは生きていて活躍してもらいたいものです。

 それはさておき。77ページに「ジャンク」あるいは「スペース・ジャンク」という言葉が登場しますが、これは(我々の(フィクションでない)世界においての)いわゆる「デブリ」あるいは「スペース・デブリ」のことでしょう(最近はこういう用語に統一されつつある)。少なくとも私の知る限り、小説に宇宙ゴミの話がまっとうに登場したのはこれが初めてだと思います。

 さて、手元の日本航空宇宙学会誌41巻478号の解説記事「スペースデブリの現状と課題」によれば、デブリに関する最初の論文は1971年で、まともに議論されるようになってきたのは80年になってからだそうです。地球周回軌道には様々な物体(衛星、使用済みロケット、その他部品、等々)が存在しますが、1992年6月末現在でカタログに登録されている物体は個数にして7024個、総重量では3千トンを越え、うち94%がジャンク─デブリです。現状でのデブリ個数の増加率は、低軌道で5%、静止軌道で10%程度となっています。…もっとも、観測できるのは金属球に換算して10センチより大きい物体なのですが。
 ラシッド船長はエンジンの暴走の原因として考えられるものとして、このような「デブリ」の可能性を想定していますが、これは、この時代までにデブリによる大事故があったからかも知れません。デブリが衝突するときの平均速度は秒速約10キロで、この場合、デブリは同質量のTNT火薬の12倍程の破壊力を持ちます。例えば1センチ程度のアルミ球を想定すれば、現在のほとんどの宇宙機の外壁ではその内部を安全に保護することはできません。この程度の大きさのデブリの衝突確率は、現時点のデータによれば1平方メートルあたりで数万年に1回程度ですから、百年程度の宇宙開発の歴史があれば、一度くらいは大事故があった可能性は十分にあります。もっとも、これは当たったのが不運だったと思うしかないでしょうが、一度そういった事故が起こってしまえば、宇宙船乗組員達の間に漠然とした恐怖としての「スペース・デブリ」─ひょっとすると次の航宙で当たるかも知れない─というのが抜き難く存在したのではないでしょうか。
 こういった「たぶんそんなことはないはずだけど、可能性がゼロとは言えない…しかも、『そう』なったとき自分ではほとんどどうしようもない」という恐怖はいろんな所に見ることができますが、飛行機に乗る…というのもその一つではないかと思います(航空宇宙工学科に勤務していながら、飛行機というのはなんとなく苦手な私)。
 ちなみに、航空宇宙軍史でお馴染みの機動爆雷は、見方によれば「大量のデブリをばらまく兵器」ということができますから、その時代の宇宙船乗りはラシッドよりもずっと切実に、そういった恐怖─戦闘に関係しなくてもデブリに当たって死んでしまう─と戦いながら宇宙に出ていただろうし、実際、「当たって」しまったこともあったのでしょう。そういった話はエピソードにもならないので戦史に語られることもなかったのでしょうが…。




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