艦載機を可能にした磁気カタパルト運用の実際

山下英樹(航空宇宙軍外宇宙艦隊技術研究所)

 カンチェンジュンガ級宙域制圧戦闘母艦が従来の大型恒星間戦闘宇宙艦と異なるのは艦載機の存在であろう。カンチェンジュンガ級宙域制圧戦闘母艦が現れるまで、艦載機という概念そのものが航空宇宙軍には存在していなかったのだ。
 もちろん外惑星動乱当時に建造されたゾディアック級フリゲート艦などで艦載機を搭載できるように改装を加えられたものも存在した。だがこれらの艦載機はごく限定された状況下でのみ使用が可能であり、グルカ級哨戒艇やシャイアン級哨戒艇などにみられるような高い汎用性はもとより持ち合わせていない。むしろ実験的な装備と理解するのが適切だろう。
 カンチェンジュンガ級宙域制圧戦闘母艦が現れるまで艦載機という存在が考慮されなかったのにはもちろん理由がある。その理由とは質量比の問題である。
 艦載機は小型の宇宙船であるためそのほとんどを機関と推進剤にするならば大加速により短時間のうちに必要な速度に達するだろう。宇宙戦の素人はよくこのような意見を展開するがこれは明かに誤りである。
 人間が大加速度に耐えられない事実は不問にふすとしても、小型の宇宙船ではたして大加速が可能かどうかという疑問がまず生じる。世間では誤解されているようだが機関は小型なら開発は容易であるという事実はない。否、小型機関の開発こそ技術的には非常に高度なものを要求されるのである。一般に機関というものは小型になるほど機関効率は低下するものなのである。効率が低いままで大加速を実現するにはより多くの推進剤を必要とするが、過度の推進剤は加速性能を悪化させるだけである。したがって同じ質量比であるならば母艦の方が艦載機よりも高速なのである。
 だがこれ以上に艦載機の存在が不利なのは、宿命ともいえる帰還の問題である。例えばいま艦載機が秒速一千キロで移動しているとする。これが母艦に帰還するためには進行方向に持っている秒速一千キロの速度成分をゼロにしなければならない。そのためには発進段階で艦載機は帰還の為の推進剤も搭載しなければならない。ようするにより多くの推進剤が必要となるのだ。仮にこの宇宙船の質量比を十とするならば発進と帰還でそれぞれの速度に到達しなければならないから、発進時の推進材料は質量比十の二乗倍、艦載機重量の百倍の推進剤が必要となるのである。
 小型機関の機関効率を大型機関並に改善したとしても推進剤を常に質量比の二乗で計算しなければならないとしたらいかに大型の宇宙船といえども艦載機を多数搭載することなど事実上不可能なのである。これが従来から艦載機がほとんど顧りみられなかった理由である。
 しかるに、カンチェンジュンガ級宙域制圧戦闘母艦では大小合わせて百機におよぶ艦載機が搭載されている。この事実こそ磁気カタパルトが存在するがゆえに他ならない。
 この磁気カタパルトは飛行中の艦載機群を磁場によって捉え減速・回収することが可能なのである。このときの艦載機の進行方向の影響は従来考えられていたほど大きな物ではない。進行方向の速度成分が反対であれば単純にそのまま受け止めればすむ。また同じ速度成分であればカンチェンジュンガ級宙域制圧戦闘母艦が艦載機に追い付く過程で回収できるだろう。
 前にも触れたように機関効率の関係から艦載機よりも母艦の機動力の方が優れているのだ。またなるほど艦載機は大加速を出しはするが加速時間が短いため最終的な到達速度はやはり大型艦にはとうていおよぶところではない。第一、カンチェンジュンガ級宙域制圧戦闘母艦は重力場制御装置を搭載しているためその加速性能はけっして艦載機に劣るものではないのである。
 艦載機と重力制御の関連ではカンチェンジュンガ級宙域制圧戦闘母艦の質量の大半が重力制御装置の質量であることが艦載機を運用するに当って非常に役だっている事を指摘しなければなるまい。
 カンチェンジュンガ級宙域制圧戦闘母艦の質量は約1億トンであるが、艦載機の減速にあたって艦載機の運動量はすべて母艦が引き受けなければならない(一部は電磁波として放出される)。もしも母艦に然るべき質量が無かったなら艦載機の回収毎に艦の軌道修正が必要となるだろう。その場合、管制能力に大きな支障をきたすことは明かである。
 ところでカンチェンジュンガ級宙域制圧戦闘母艦の艦載機は何を行うのだろうか?もちろん警察行動や必要な場合の対惑星・艦攻撃である。宇宙空間での戦闘についてはここでは触れないが、艦載機の重大な任務の一つとして観測任務があることを指摘しておきたい。
 宇宙での観測任務といえばレーザーレーダーやマイクロ波による天体観測、おもに恒星観測(特に主星)などを意味する。これが科学的な観測であるのはもちろんだが軍事的にも非常に重要な観測なのである。
 知ってのとおり宇宙空間は完全な真空ではない。非常に物質密度が低いだけで(一立方cmあたり原子が一から一千)ある。これらの空間物質密度分布を経時的かつ詳細にあつめていくならばその星系における3次元的空間物質密度マップが作られることだろう。
 核融合機関の噴射炎(核融合プラズマ)の密度は宇宙では急激に拡散するとはいえ、真空からみれば圧倒的なまでに密度が高い。したがってもしも宇宙船によるものと見られる異常な物質密度を発見した場合、バックグランドについての詳細なデーターがあればその宇宙船の軌道、現在位置、推進剤組成、機関の識別が可能になる。
 もしも治安の維持に対するなんらかの反逆行為が行われたとしてもそれらが動き出したとたんにカンチェンジュンガ級宙域制圧戦闘母艦にはそうした事態の発生に初期の段階で対処することが可能になる。
 艦載機による観測任務は危機管理における重要な役割をになっているのである。




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