アコンカグアに見る第二世代重力制御機関の実力

北莞爾(航空宙軍重力場研究所第二室長)

 カンチェンジュンガ級宙域制圧戦闘母艦は我が航空宇宙軍外宇宙艦隊が誇る新鋭艦です。この艦の最大の特徴はやはり重力制御機関の存在でしょう。
 恒星間宇宙船での重力制御のメリットはまず大Gによる加速が可能である事でしょう。もちろんいかに大G加速を行っても光速を突破することは不可能です。ですが、相対論的な時間の遅れを考えると状況は大きく異なります。
 例えばこのたび就役するアコンカグアはシリウスに向かう訳ですが、加速度の違いによって船内時間は大きな差がつくのです。シリウスまで8.65光年を1G加速で移動する場合、船内時間は4.27年かかります。ところが重力制御により100G加速が可能になると船内時間は48日ですんでしまいます。
 機関の寿命を考えてみても過酷環境にある核融合機関を5年間稼働させる場合と、一月半だけ稼働させるのでは安全性に大きな違いがでるのは賢明な皆様ならすぐに理解していただけると思います。
 また、機動爆雷やレーザー射撃を受けたとしても100G加速が可能なら容易に回避することができるでしょう。このように防御の点でも重力制御には大きなメリットがあるのです。
 それではこの重力場制御装置の原理はどうなっているのでしょう。重力制御装置のなかでもっとも要となるのは物質(この場合は水素)をいかにして超高密度にするかという技術です。これらはすでに20世紀に粒子加速機などからの派生技術でレーザー冷却や電子トラップの形でごく小規模な物が使用されていましたが、本格的な実用化は核融合機関の普及まで待たねばなりませんでした。
 基本原理は非常に簡単です。X,Y,Zの三軸方向からレーザー光線を作動流体(電子的なトラップにより局所に閉じこめられたプラズマ粒子群)に対して照射し、原子の運動を最低レベルにまで低下させることによって極低温に冷却します。絶対零度に限り無く近付いた作動流体は、散逸構造の自己組織化によって原子核が体心立方状に配列し、その結果、白色わい星並の物質密度を実現することが可能となります。その高密度作動流体を運動させることにより人工的に重力場を作り出すことが可能になります。運動には膨大なエネルギーが必要ですが、この作動流体は超流動状態でありますから一度運動させるならばほぼその状態を維持することが出来ます。
 またこの超流動作動流体は膨大な角運動量をもっておりますのでX,Y,Zの三軸にたいしてリアクションホイールと同様の働きを行うことが出来ます。したがってアコンカグアなどでは姿勢制御用のバーニアは必要とはしないのです。
 カンチェンジュンガ級がずんぐりした三角柱型の船体なのはなぜかよく質問を受けることがあります。それはこうした重力制御機関による重力場のポテンシャルの差を最小に抑えるためなのです。なぜなら人工的な重力場は高さ方向において、急激にポテンシャルが減少してしまうためで、大G加速によって構造にかかる応力と重力場制御によって軽減される応力が船体が通常の宇宙船のように長い場合では場所によって著しいアンバランスを生じさせてしまうのです。
 さて、重力場制御機関の意外なメリットととしては質量比を大きくとれる点があげられるでしょう。カンチェンジュンガ級宙域制圧戦闘母艦の質量比は五千、最終的な総重量が一億トンですからじつに五千億トンの推進剤を搭載しなければなりません。
 しかし、重力場制御機関の高密度化技術によりこれらの推進剤はすべて作動流体として貯蔵することができます。ですから特別なブースターシステムは不用になります。しかも、初期加速における膨大な排熱も核融合前段階の超低温の推進剤に放射することで放熱の問題も解決することができるのです。
 こうした利点を理解している人でも時として次ぎのような質問をなさる場合があります。カンチェンジュンガ級宙域制圧戦闘母艦の質量一億トンがほとんど重力制御機関の質量なのは問題ではないか、重力制御をしなければ同じ機能でもっと軽くなるのではないか、と。
 しかし、他の宇宙船ならばともかくカンチェンジュンガ級宙域制圧戦闘母艦では質量1億トンは実に重要な意味があります。
 知られておりますようにカンチェンジュンガ級宙域制圧戦闘母艦は艦載機を多数装備しております。これらはラムジェットの磁場によって回収されます。この巧妙なシステムによって帰還のための推進剤を考えなくてもすみ、そのため艦載機と言う宇宙船が可能となります。
 ですが、カンチェンジュンガ級宙域制圧戦闘母艦に十分な質量が無ければ運動量保存則により、艦載機の回収が母艦の運動に少なくない影響を及ぼしてしまうのです。カンチェンジュンガ級宙域制圧戦闘母艦が安定したプラットホームとして機能するためにも重力制御機関の存在は必要かくべからざるものなのです。




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