無敵戦艦ゾディアック

林[艦政本部開発部長]譲治

 前から疑問に思っていたことがゾディアック級フリゲート艦にあった。

 ゾディアック級フリゲート艦は12隻建造されると言う。しかし,ゾディアック級と言うからには,ネームシップのゾディアック級フリゲート艦ゾディアックが存在するはずである。
 もしそうならばゾディアック級フリゲート艦は13隻なければおかしいのではないだろうか?
 まさか特定の星座だけは建造しないとも思われません。
 このゾディアック級フリゲート艦ゾディアックの謎を解く鍵は,ゾディアック級フリゲート艦は最終的には12隻が建造され同時にそれらの新造艦だけで艦隊が編制されると言う記述にあると思われる。もしゾディアック級フリゲート艦だけで編制された艦隊があったとしたらどのような行動が可能であろうか。
 まず考えられるのは全てが同型艦であることのメリット。この艦隊はいままでの艦隊とは異なり艦隊運動のときにもっとも低い能力の艦に合わせる必要がない。艦隊そのものがゾディアック級フリゲート艦と等しい機動力を持つのである。これは戦略的・戦術的にも作戦行動においてかなりの自由度(余裕)をあたえるであろう。しかし,ゾディアック級艦隊のメリットはそれだけであろうか。いや,機動力以上に重要な要素がある。それは火力の向上である。
 火力については航空宇宙軍史では一つの制約がある。それは火器管制システムの能力に限界があることにより遠距離レーザー砲撃が不可能であると言う点であるのはみなさますでにご存じの事と思う。このため火力と言うのは機動爆雷しか考えられなくなるのだが,機動爆雷を使用する限り仮装巡洋艦も正規フリゲート艦も火力は同じなのである。したがってこの時に戦闘能力の優劣を決定するのは火力ではなく宇宙船としてのスペックになってしまうのだ。
 ところがゾディアック艦隊の場合にはいささか状況が異なることになる。知っての通りこのフリゲート艦はそれぞれが艦隊旗艦となる(ハード・ソフト両面の)能力を持っている。そしてこれらの艦の情報処理能力や回線容量を考えるならば,あえてこの艦隊に旗艦を設ける必要はないだろう。全ての情報を艦隊全体が共有し,個々の艦隊要素が自らの判断で行動できるからである。つまり情報処理と言う観点で考えた時このゾディアック艦隊は強力なコンピューターデーターリンクを背景とした分散型情報処理システムとも言えるのだ。
 しかし,これが戦力の向上にどう結び付くのか疑問に思う人もいるかもしれない。 だが,これは確実に戦力の向上に結び付くのである。
 次のような状況を考えてみよう。
 いまゾディアック艦隊が同じ規模の艦隊と通常のレーザー砲の有効範囲を越えた距離で対峙しているとする。この時,相手の艦隊は機動爆雷を有効に使用できる位置にいかない限り攻撃はできない。
 この状態でゾディアック艦隊の一隻がレーダーを瞬間的に作動させたとする。当然の事だがレーダーを使用したフリゲート艦の正確な位置は相手艦隊には暴露されてしまうだろう。しかし,彼我の位置が変わらない限り攻撃はできない。しかも,位置が判明するのは12隻のうちのただ一隻である。
 ところがゾディアック艦隊ではどうか。まずレーダーが使用される時点で艦隊のフリゲート艦は各々の正確な位置を把握している。でなければ回線は維持できない。そしてレーダー波がいつ発信されるのかも正確に分かっている。それゆえ一隻の発したレーダー波を12隻全てが受信し解析する事が可能である。
 大事なのはレーダー波の発信時間とフリゲート艦相互の位置が正確に分かっている事実である。
 つまりレーダー波を受信するとき,艦隊すべてが直径数万キロのVLBIのアンテナになるのである。
 これによりゾディアック艦隊は単独のフリゲート艦では不可能であった非常に正確な相手艦隊の位置を立体的に把握できる。つまりレーザー砲撃が可能になる。データーリンクがあるので艦隊は相手の正確な位置を把握するとミリセコンド単位の時間で攻撃に移ることができるはずである。1つの目標に12隻が一斉に攻撃をかければ各個撃破を繰り返しながら相手艦隊が全滅するのに1秒とかからないだろう。アウトレンジからの一方的な攻撃は大艦巨砲時代のの再来を思わせるかもしれない。
 しかし,VLBIによるレーザー砲撃はあえてゾディアック級フリゲート艦を持ち出すこともなく実行可能なように見える。たしかにそれなりの備えをし,理想的な状況でなら通常の艦隊でも可能だろう。だがこれは可能と言うだけで実戦で通用するとはとても思えない。
 なぜ通常の艦隊でこのようなVLBI*によるレーザー砲撃ができないかと言うならば,艦艇の性能がゾディアック級フリゲート艦よりもあきらかに劣るからである。レーザー通信回線はあるものの,それの回線容量は限られたものである。また全ての艦船が有効な戦力となるほどのレーザー砲を装備している訳ではない。
 もちろんゾディアック艦隊のような分散型情報処理システムではなく,中央集権的に艦隊を攻撃戦隊やセンシング戦隊に役割分担をさせる方法も考えられる。だがこの場合センシング,分析,攻撃はそれぞれ別々の艦で行うことになる。艦艇の距離と速度を考えると光速の限界から無視できないタイムラグをうむおそれを否定できない。位置情報の精度は時間と共に急速に低下するためレーザー砲撃の成功率は大きく低下するだろう。また役割分担をしてもセンシング戦隊や攻撃戦隊のどの要素がかけても艦隊そのものの攻撃力の喪失につながる。そもそも通常の艦隊は連携してレーザー砲撃を行うと言う思想そのものが無い。もしものときに臨機応変な対応は望めないだろう。
 ゾディアック艦隊の場合,一部のフリゲート艦の損失があったとしてもデーターリンクさえ生きていれば艦隊の戦力にそれほどの影響はない。これはゾディアック級フリゲート艦のセンシング能力やレーザー攻撃能力のバランスがよくとれているからだろう。
 それゆえセンシングと同時にレーザー攻撃をかけることも可能であり,しかも12隻すべてがその能力を持っているのである。逆に言うならゾディアック艦隊の戦略的脅威を取り除くにはすべてのフリゲート艦を沈黙させるしかないのである。
 さて,艦隊とさきほどから述べてきたが,このゾディアック艦隊はじつはひとつの巨大戦艦と考えるべきではないだろうか。つまり12隻のフリゲート艦それぞれが巨大戦艦ゾディアックの要素なのだ。それぞれのフリゲート艦があるときはセンサーとなりまたあるときには砲台になる。状況におおじていかようにも形を変えうる不定形の巨大戦艦ゾディアックの誕生である。
 大艦巨砲主義を移動する力と言うテーゼに置き換えるなら,大艦巨砲を表す数字は時代や技術の進歩とともに変わってきたといえるだろう。かつては戦艦主砲の口径であり,いまは空母の艦載機数(と性能)であった。航空宇宙軍史では外惑星動乱の時代にはそれは宇宙船のスペックであり,戦艦ゾディアック以後の世界では演算能力の差がそのまま力の差になるはずである。
 こう考えるとゾディアック級フリゲート艦とはゾディアックを構成するためのフリゲート艦と言うことになる。だから全部で12隻でもかまわないわけだ。
 だが航空宇宙軍史には戦艦ゾディアックと言う宇宙船は登場しない。これだけ強力な宇宙船がなぜ登場しないのか。考えられる理由の一つは外惑星動乱で何隻かのゾディアック級が失われたこと。だがもっと本質的な問題があるように思われる。
 戦艦ゾディアックには旗艦が存在しない。旗艦が存在しないと言うことは提督も存在しない。つまり高級将官の椅子が一つ減るわけだ。だがそれだけではない。航空宇宙軍にとってこの戦艦ゾディアックの存在はあまりにも危険なのだ。
 戦艦ゾディアックの最大の特徴は分散情報処理システムだが,これは軍隊と言うヒエラルキー構造の組織とはまったく相入れないものなのだ。無理に軍隊の組織に戦艦ゾディアックを合わせようとするならその潜在的能力をほとんど使うことなく終わってしまうだろう。宇宙船ににとりミリセコンドの遅れも致命的になりうるからだ。
 もちろん戦艦ゾディアックだけに特別編制の部隊を割り当てる事は可能である。しかし12隻のフリゲート艦を運営するために特別の組織を運営するのはあまりにも無駄が多い。しかも軍隊と言う組織の中にヒエラルキー構造を持たない強力な実戦部隊が存在するということは,軍隊組織を運営・管理する上で障害になる。自らの組織の中に,その組織の論理に従わない独立した存在を認めるわけにはいかないのである。この戦艦の能力から考えて同じ様なシステムを順次整備していくことは合理的な判断ではあるが,その場合,航空宇宙軍組織の根本的な変質は免れないだろう。
 航空宇宙軍がまず守るのは地球ではなく航空宇宙軍である(としか私には思えないが)とするといかに画期的なシステムであっても,組織の脅威となるならばそれが採用されるわけもなく,結果として戦艦ゾディアックも生まれはしないのである。
 ではこのシステムはこのまま埋もれてしまったのだろうか?いや,あのアコンカグアこそこのシステムの一つの形ではないだろうか。これ以上の事は第二次外惑星動乱まで我々には判断できそうにもない。
 しかし,毎回思うが作者の谷甲州先生を差し置いてこんな推測してていいのかな。まあ,作品には矛盾しないからいいか(^^;)。いいのかなぁ(・・)。

VLBI……  超長基線干渉法。
 二地点にある電波望遠鏡で同時に同じ対象を観測し、そのデータをつきあわせる(干渉させる)ことで、高い観測精度を得る方法。二つの電波望遠鏡が離れているほどより高い精度が得られる。
 なお、航空宇宙軍が天王星系を直轄したがった理由の一つは、天王星の南極が常にほぼ銀河中心を志向しているために、天王星の衛 星を利用すれば、きわめて精度の高いVLBI観測を銀河中心(汎銀河人?がいると思われる方向)に対して常時することができるからであった。
(「エリヌス」より。)




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