第一次外惑星動乱が勃発して早くも二月が過ぎようとしていたある日。航空宇宙軍作戦参謀ダラム准将のもとに一人の男が訪ねてきた。男は地球−月連合の代表とだけ名乗った。男は挨拶もそこそこに要件を切り出した。
「ダラム准将閣下、あなたは今次の外惑星動乱の現状をいかにお考えですかな」
「いかに考えるか、とは?」
「外惑星連合と地球・月連合が事実上戦闘状態に入ってからすでに二月が過ぎようとしている現状を航空宇宙軍作戦参謀としてどう考えるか、と言う意味です。あなたがた航空宇宙軍の高級将官は動乱勃発前に何とおっしゃっていたかお忘れですか?外惑星連合軍など一週間もあれば壊滅できる。そう豪語して、それなりの予算を要求なさっていたはずですな」
「戦闘が予想外に長引いているのは外惑星連合側の重水素コンテナ破壊のためで我々の落度ではないでしょう。必要な重水素さえあれば明日にでも外惑星連合を降伏させる事は可能です」
「外惑星連合側の重水素コンテナ破壊を予測できなかったのは誰の責任なんでしょうな」
「それは・・・」
「まぁ、いいんです、そんな事は。どうせ今度の外惑星動乱も直に終るんですからな」
「外惑星動乱が終結するとおっしゃるんですか?」
「別に驚くことはありますまい。停戦交渉は動乱勃発と同時に始まっているんですから。ほんのつい最近ですが双方で合意が成立したんですよ」
「信じられない。停戦交渉は双方とも平行線と聞いていたが」
「なぁに、外惑星連合側にも戦略が分かる人間がいたという事ですよ。政治がわかると言ってもいいかもしれませんがね」
「と言うと?」
「まぁ、専門家の前でこんな事を言うのは私も恥ずかしいんですがね。外惑星連合軍の戦力や能力から言って彼らに長期持久戦など不可能です。ですから彼らが戦端を開くとしたらそれは短期決戦で勝利するより無いわけです。ところが現実には彼らは奇襲攻撃の失敗からその可能性は奪われた。となればいかに早く戦争を止めるかが彼らの最重要課題となるわけですよ」
「なるほど。しかし、よく外惑星連合が降伏を認めたものですな」
「降伏?外惑星連合は降伏などしてませんよ。我々が停戦交渉の過程で導いた結論は責任ある政府当局による武力行使としての外惑星動乱は無かった、ですからね」
「外惑星動乱は無かったですって!」
「そうですよ。あれはカリストのミッチナー自称将軍らをはじめとする一部政府職員が行ったクーデターおよび反乱行動に過ぎないわけですから。外惑星連合政府に直接の責任はありません。ですから今回の停戦の条件として彼らは地球−月連合に戦争犯罪人として引き渡される事になったんですな」
「戦争犯罪人の引き渡しですか。しかし、誰か知りませんがよくも軍の強硬派を抑えられましたな」
「健全な良識に従った政治の勝利と言うべきでしょうな。私もよくは知りませんがあちらじゃ今回の動乱をきっかけに政府内部から軍事的冒険主義者を選別して放逐することに成功したそうですな」
「なかなか興味深い話ですね。しかし、それと私といったいどんな関係があるんですか?」
「そう、それを説明するためにさっきも戦局についてお伺いしたわけなんですよ。ダラム准将閣下は今年が地球−月にとってどんな年か御存知でしょうな」
「何か特別な年でしたっけ?」
「おや、御存知無い。ことしは選挙の年ですよ。それもアメリカ、ロシア、日本、EC、月、台湾と言った航空宇宙軍の予算を負担してる大国の選挙が全部重なってしまうという、それは大変な年なんです」
「それが何か?」
「それが何か、ときましたか。いいですか将軍、地球の一般的な庶民にとって外惑星なんてのは銀河の果てとかわらんくらい遠くの出来事なんですよ。
太陽系にとって航空宇宙軍の存在がどれだけ重要かわかってる有権者なんかほとんどいるもんですか。彼らに分かるのは国家予算に占める航空宇宙軍関連予算の大きさだけです。ただでさえ野党の攻撃目標になっているのに一週間で制圧できるはずが二月たっても戦況に進捗が無いとですね、選挙に不利なんですよ」
「すると何ですか、つまり結局、選挙に不利だからあなたがたは外惑星連合からの戦争犯罪人引き取りで停戦に応じたわけなんですか」
「いや、それは正確ではありませんな。戦争犯罪人の交換です」
「戦争犯罪人の交換ですって?」
「そうです。先の事を考えれば新しい外惑星連合政府当局の基盤を安定化させるのは我々の利益にもかなう行為です。そのためには我々の側からも戦争犯罪人を出す必要があるわけです。そうでなくてもですね今回の外惑星動乱を航空宇宙軍が二月もたつのに解決できない責任を誰かがとらなければならんわけです。航空宇宙軍を私物化して自分の権力を拡大するためにあえて戦争を長引かせたなんて役回りの高級将官がやはり必要なわけですよ。あちらのミッチナー自称将軍だって一応は最高レベルの人間ですからな、バランスってのが必要でね」
「す、すると君が私の所に来た理由と言うのは・・・」
「流石は作戦課にこの人ありとうたわれたダラム准将閣下であらせられる。いや、私も航空宇宙軍の内部でも複雑な人間関係や派閥があることを初めて知りましたよ。
やはり組織ってのはいざってときには実力だけじゃぁどうにもならん部分があるってことですか。何の後ろだても無しに実力だけで航空宇宙軍作戦課のトップなったからにはそれなりにリスクもあるってことですね、ダラム准将閣下」
「おい、何をする手を離せ!」
「いやぁ、調べてみたらあなたが航空宇宙軍内部で一番敵が多かったんですよ。役目柄こういう事をしてますが、内心では同情してるんですよ、これでも。じゃぁ、君達、ダラム准将閣下を憲兵隊本部までお連れして」
地球−月連合代表と名乗る男は、いつの間にか現れた二人の屈強な男にそう命じた。