みなみちゃんのおとうさん画

 第一次外惑星動乱は、人類が初めて経験した宇宙空間を越えての戦争です。そして、戦争が単なる暴力の行使ではなく政治の一手段である限りそこには戦争という手段を選択した(是非や損得などの)計算がそして目的が有ったはずです。
 また、宇宙空間−移動するだけでも 莫大なエネルギーと時間を必要とする距離−を越えてまで戦争を行なうには、それ相応の科学技術と経済的な要求があったはずです。
 どういった社会であれば、惑星間(恒星間)での戦争が可能になるのでしょう。また第一次外惑星動乱が現実に起こりうる可能性は有るのでしょうか。


タイタンからの手紙

多田[みなみちゃんのおとうさん]圭一

 親愛なるDr へ。

 外惑星系、地球間における世情不安の折、早めにタイタンから帰国するようにとの、たびたびのお心づかい痛み入ります。しかし私見ではありますが、外惑星系による戦争はありえないと確信しております。
 ごく限られた一般論をあげつらねても、経済界からの見方だけを取っても、これを裏付けるに足りるものと考えます。つまり20世紀後半より顕著になった企業の無国籍化、国家のディーラー化がこれを許すはずも無いと信じるからです。

 周知の通り現在の世界において最も影響力を持つ組織はコングロマリット化した企業群であり、決して国家ではありません。国家、それをうごかす政治家達はどうしても選挙を意識して行動せねばならず、選挙に勝とうと思えば、最大の組織票を持つ企業群を無視することはできません。
 時代と共に発達した交通、情報網により世界はかつてないほど狭くなり、有権者の選挙基盤は流動化の一途をたどって来ました。かつてアメリカの人種、文化の混迷ぶりをさして用いられたサラダボール文化が死語となるに至って、営々と築かれて来た政治家達の集票基盤は崩壊しました。ここに至って政治家達は、最も効果的な集票マシンの性格を前面に押し出すことをためらわない企業と手を結ぶことを余儀なくされました。
 ここにジレンマが発生します。政治家達は当然のことながら国家に属するものであり、超国家的一面を持つ企業には付合いきれるものではありません。政治家達は国家、国民のプライドと企業の利益を双方ともに満たすことを望まれており、このジレンマを解決する最悪の方法が戦争に他なりません。戦争を開始したが最後、最終的に笑う国家はともかく、最後に笑う政治家は蓋を開けてみなくてはわかりません。現在の地位を賭けてまで、あえてそのリスクを犯す価値があるとは考えられないのが現在の一般的な意見です。つまり地球側からの強権発動は、有り得ないと考えられています。
 では外惑星系からの宣戦の可能性は有り得るかが興味のあるところです。端的に言って軍部の劇的な強行さえなければ、可能性は低いと考えるのが私の意見です。確かに世論は、地球系干渉の隔絶を希望し、その実現方法を模索するのにやぶさかではありません。
 しかし外惑星系にとって不利なことには、企業による資本の商品化が挙げられれます。現在においても企業の取り扱う商品の大部分は、従来通りの有形無形の製品、もしくはサービスといったものですが、収益の面から言えば、資本自体が最大の商品に他なりません。抽象的な言い方ではありますが、企業のコングロマリット化に伴う、資本の持つ意味の不確かさ、含み資産に代表される、その不透明さ、広義さ。
 量的に正確な規定はできないこれらを商品として扱う、つまり資産、資本自体の商品化こそが、現代の経済界を支えている活力に他ならないのです。ゆえに現在の経済は不安定であり、不健康なものとする向きもありますが、それはひとつの見解にすぎません。
 仮に外惑星系による宣戦があったとしたら、彼等は宣戦の布告と同時に地球系資本の凍結、接収を行うに違いありません。それは妥当な行為であり、選択の余地のない決断と言えましょう。しかしその行為は、企業に対して借款(?)を組む以上の意味を持ちません。スペードをプレゼントしてしまった時から、外惑星系の敵は石で殺すことのできる国家から、網でもすくえない経済界に変わるのです。国家は旗を掲げて、いつでもそこにいるので、敵とみなすには絶好であり、国民のアジテーションにも好都合な存在です。しかしこと企業が相手となると、話は厄介になります。独立国家を標榜する外惑星系としては、個々の企業を相手どって行動するわけにはいかないのが道理です。万一、外惑星系が特定企業に対して、なんらかのアクションを起こしたとしても、相手の企業は本籍を置く国家、もしくは最も多く税金を納めている国家等にたやすく保護を要請することができます。こうなれば、トラブルは国家対国家の問題にすりかえられてしまい、外惑星系の正義は失われます。
 また、見失われがちな事実として外惑星系の誕生と、発達のメカニズムがあげられます。地球国家と、外惑星系はその生い立ちに決定的な違いがあります。多くの国家は古くからその土地に住む民族が中心となり形成されました。また中には、米国のように積極的な移民の結果誕生した国家もありますが、外惑星系のそれとは事情が異なります。
 最もその生い立ちが似ているかもしれない、米国と外惑星系を比較してみます。
 米国は、おもに欧州からの移民によりスタートしました。そして第一次産業を中心に力を蓄え、やがて当時の盟主国であった英国に対して、独立を宣言しました。米国の成功の一因には、その産業形態が一次産業依存型であり、国民が素直に米国への愛国心を持てたことにあります。米国政府による、英国を始めとする欧州の支配を理不尽なものとする方向付けを、たやすく受入れることが可能だったことにあります。
 では、外惑星系における国民意識はどうでしょう。外惑星系も、その初期においては各種団体による技術先行組織であったはずですが、現在の姿に至るためには、様々な企業の力を必要としました。金銭的に各国の援助を仰ぎましたが、そこに働いたのは企業の構成員であり、外惑星に住む人々の多くは、地球系への紐付きであったのです。
 時代は移り、宇宙で生まれ育ち、地球系へのしがらみを覚えない人々の出現が、外惑星系を勢いづけていると考えられますが、国家の独立と経済の独立を同次元で考えるのは誤りです。
 論点がやや散漫になった観も否めませんが、以上が私の外惑星系に対する見解です。
 時節柄、御身おいとい下さい。お便りをお待ちいたします。




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