航空宇宙軍にとって
外惑星動乱とはなにか?

林[艦政本部開発部長]譲治

☆発端

 そもそもこの話は、アクエリアス計画のからみで岩瀬[従軍魔法使い]氏からの e-mail が無ければ存在しなかったでしょう。
 航空宇宙軍と地球はどんなふうになっているのか?
 そこが総ての始まりです。

☆タナトス戦闘団の謎

 早川文庫のタナトス戦闘団、35Pを見ていただきたい。ここには月の商店には商品がカリストとは比べものにならないくらい豊富に云々と書いてあります。一見たいしたことのない記述にも思えますが、しかし、私、これは大変な意味を持っていると思うわけです。
 話は、第二次世界大戦の南太平洋にかわります。この戦争では日本軍は植民地の解放と称して、イギリス軍を追い払いそのまま日本の植民地としたのは有名です。
 この課程で現地の人間にとって大きく変った事があります。何かと言うと日本が支配するようになってから現地で物がなくなりだしたのです。
 つまりイギリスの植民地の時代は、イギリスから大量の消費物資が供給されていましたが、日本が支配してからはそれが無くなった。
 イギリスは巨大な生産力があって、それを動かすために市場としての植民地が必要であった。一方、日本は脆弱な産業を育てるために、安定した市場と安価な資源供給地としての植民地が必要だった。
 したがって、本国と植民地の消費を賄うだけの物資はまだ生産できない。じじつ、これらの地域では日本が支配してから物資不足によるインフレが急激に進んだそうです。それも本国である日本から遠い国ほどひどかったそうであります。
 さて、ここで話はもどる。この月で売られていた商品とはなんであろうか?
 常識からいって、核融合炉の部品とか空気浄化装置ユニットなどとは考えにくい。むしろ、玩具とか華美な衣服など、あればうれしいけどでも無ければそれでもかまわない類の製品でしょう。
 ダンテ隊長にしても、月に物は豊富だと言っても、カリストでの生活についての不満は述べていない。とするならば、贅沢品以外の物資については外惑星連合でも自給可能と考えられる。逆に言うなら、贅沢品はほとんど生産されていない。そんなものまで生産する余裕が彼らにはまだ無いからです。
 当然の事として輸入していたのでしょう。だから市場に流れる物も少ない。考えようによっては馬鹿げた貿易です。だからこれを解消するためにも外惑星での生産力を高める必要があるわけです。

☆太陽系経済にとって重水素とは何か

 太陽系経済と重水素の関係では一般に、地球で消費するエネルギー源として外惑星領域から供給される事になっています。地球が必要としたからこそ、外惑星に都市が建設されたのです。
 しかし、地球でのエネルギー消費量が増えるとしても、小説に書かれるほどの量が必要とは思われません。さらにこういう記述がある。
 「ドン亀野郎ども」の65Pの記述などから判断するかぎり、短期決戦で戦争を終らせるとしても二月分の重水素総てを必要とする。
 しかも、これは戦闘艦だけでの話。民間での消費はまったく考慮されていません。そうすると太陽系全体を考えると次ぎのような結論が必然的に導かれます。

 『外惑星から地球に送られる重水素のほとんどは、地球から外惑星に物を運ぶのに使われる』

 ようするに地球で発電に用いるのはそのおこぼれで十分と言う事になります。地球では外惑星からの重水素が必要で、それを供給するのに外惑星に都市が維持される必要がある。そして都市に物資を運ぶために重水素を消費しなければならない。
 ただし、生活に絶対必要な物資を外惑星連合が地球から輸入することはコスト的に考えられません。例えば食料を地球から輸入した場合、その食料の値段は非常に高価なものになり、重水素の価格にはねかえります。
 重水素の供給量のみならず価格も安定させるには、外惑星連合は基本的に自給自足でなければなりません。ただ、その場合、外惑星連合は地球からあえて物を買う必要はありません。
 ここからは完全に仮定になりますが、この時代の貿易とは外惑星連合が重水素見返りに、地球から物資を受け取るバーター貿易形態ではないでしょうか?
 この貿易形態は外惑星連合にとっては、あまり魅力のある貿易とは言えないでしょう。だがしかし、外惑星と地球との間で物が動くと言う事がこの時、重要な意味を持つのです。

☆航空宇宙軍にとって太陽系経済とは何か

 さて、ここで話を外惑星動乱の一方の当事者である航空宇宙軍に転じてみる。航空宇宙軍史によれば、航空宇宙軍とは宇宙での海賊行為などの防止を目的とした治安活動と、事故などの救難を本来の目的として設立されたらしい。
 さて、人類の宇宙都市が月からさらに外惑星領域にまで建設されたときどんな事がおきるだろう。
 もっとも目につくのは宇宙船の変化であろう。月と地球の間を主な活動の場とするなら、宇宙船は化学燃料ロケットで十分なのである。とうぜんその勢力範囲も月と地球のあたりに限定される。
 したがって、この場合の航空宇宙軍は軍事組織としては比較的貧弱な部類に属するだろう。国連もしくはそれに類する国際的組織に活動資金を仰ぐことも考えられる。
 ところが、もし外惑星領域にまで都市が建設されるとどうか。この場合宇宙船の動力に化学燃料を用いることは現実的ではない。もはや核融合エンジンを採用するより他はない。
 そして核融合宇宙船を運営するためには、かなり高度で大規模な組織を必要とするのである。これは補給やメンテナンスの事だけを考えても納得してもらえると思う。
 同時に航空宇宙軍の守備範囲も外惑星領域にまで拡大するわけであるから、そのためにも航空宇宙軍の組織は巨大化を余儀なくされる。
 つまり、航空宇宙軍が設立された本来の目的をはたそうとした場合、その組織は高度で巨大なな技術集団でなければならなくなる。
 ここで問題となるのは、これだけ巨大な組織を運営するための経済的基盤であろう。
 単純に考えるなら地球の(国連か何か)が金を出しているようにも思える。
 しかし、思い出していただきたい。航空宇宙軍は外惑星連合が開戦しようとしていたのを知っていた。それ以前に具体的な戦略・戦術の計画も立てられていたのである。彼らは外惑星動乱を不可避のものととらえていた。
 もし外惑星動乱が本当に起きた場合、地球は文字どおり天文学的な戦費を負担しなければならない。だとしたら、戦術の研究をする他にも開戦を避けるべく努力するのではないだろうか?開戦をしても地球は何も得ることはないのだから。どうも地球が金を出してるとは思えない。
 さて、ここで「ドン亀野郎ども」を思い出していただきたい。カリストエキスプレスの重水素を集めていたのは誰か?そう、航空宇宙軍の人間だ。つまり、太陽系の重水素を一手に仕切っていたのは他ならぬ航空宇宙軍となる。
 エネルギー源を独占的に握っているのであるから、当然ながらその経済的見返りは言うまでもないでしょう。重水素を外惑星から安く買い叩き、それを高く売る。地球・月の企業は航空宇宙軍から重水素を買って宇宙船で(そう太陽近郊に落して、外惑星に送るような方法はとらないのだ)物資を運ぶ。運ばれた物資には当然、燃料費が上乗せされている。
 けっきょく、外惑星連合の国冨は航空宇宙軍に吸い上げられる構造がみてとれる。
 これはしかし、外惑星開発の歴史的背景が原因しての事と思われる。地球に核融合燃料を供給するのが当初の目的であるから、外惑星から水素を送り、地球は外惑星開発に必要不可欠な資材を供給していたのであろう。
 この間の資材の流れや人材派遣などの系統的システムを所有していた公的組織は一つ航空宇宙軍しか無かったからだ。その為の組織の整備拡大を行うなかで現在のシステムが完成したと考えるのが妥当と思われます。
 武力を持った技術集団が権力の別名であり、太陽系貿易をも彼らの管理下にあったとしたら。そして地球の金でなく、自前の金で動いているという事は、彼ら航空宇宙軍は地球の思惑とは理論的には自由に活動できる事になる。つまり、

 『航空宇宙軍にとって太陽系経済とは、彼らの自由な活動を保証する為の経済的基盤なのだ』

☆航空宇宙軍の悪夢

 先に、外惑星連合にとって地球との貿易はその距離ゆえに、魅力的な物ではないと書きました。
 エネルギーは木星にある。プラスチックなどの材料になる炭化水素はタイタンにある。金属資源はトロヤ群あたりに行けば、一生食うに困らぬだけある。
 だとしたら、外惑星連合は工業力さえ育てたなら地球から物を輸入する必要はほとんど無くなります。
 一方、地球はと言いますと、これは相変わらず重水素を必要としますが商品が売れない以上、外惑星諸都市の建設に際しての債務を重水素で支払うとかいう形になるかもしれません(そう言えば、この問題はどうなんだろう?)
 さらに、地球・月の経済力が外惑星連合の経済力よりも圧倒的に大きいなら、地球・月にとっては外惑星貿易など無くても構わないでしょう。
 地球にとってはカリストやガニメデなどが無くても月さえあれば十分なのです。
 結局、外惑星連合の産業の発展は、その距離が技術的に克服されないが(科学的にではなく技術的に、もっとはっきり言うなら経済的に)為に外惑星連合と月・地球を中心とした内惑星の二つの経済ブロックを産むでしょう。
 この二つの経済ブロックは、なんらかの技術革新の結果、距離の問題が克服されるまで続くと思われます。
 ところで、二つの経済ブロックが出来た時、もっとも影響を受けるのは航空宇宙軍です。必ずしも経済原則に則っていない外惑星貿易。これを武力と既成事実で維持してきた航空宇宙軍。
 もし外惑星貿易が消滅した場合、航空宇宙軍はその経済的基盤と縄張の二つを一度に失います。もしそうなったら航空宇宙軍は組織を縮小せざるをえず、さらに恐ろしい事には宇宙船も安くて近距離(月・地球など)で使うための化学燃料ロケットになるかもしれません。
 一方、外惑星連合は燃料の裏付けと工業力に物を言わせて軍事力(目的は治安活動がメインだろうが)を増強するでしょう。それも核融合宇宙船で。地球・月と比べると外惑星連合は広く、化学燃料では無理です。
 サラマンダー級フリゲート艦隊の建設もあながち不可能ではない。もしこの状態のまま、技術革新で二つのブロックを統一した太陽系経済が成立したとき、航空宇宙軍と外惑星連合軍の戦力の差は現在の差どころではありません。
 統一された太陽系経済圏で外惑星連合軍こそが航空宇宙軍の名に値する勢力となり、航空宇宙軍はそのなかで、内惑星艦隊の予備兵力として吸収されてしまうでしょう。
 資源的・経済的状況を予測したならこのようなシナリオは航空宇宙軍や外惑星連合の双方で描けるでしょう。
 したがって、ブロック経済圏が成立するゼロアワーまでに、外惑星連合は逃げ切る方法を、航空宇宙軍は捕まえる方法を考え実行に移さねばなりません。
 そうなるとこんな結論はでないだろうか、

 『航空宇宙軍にとって外惑星動乱とは自らの組織を守る為の自衛の戦争であった』

 だから私はこうも思うのだ。攻撃をしかけたのは外惑星連合だが、攻撃させたのは航空宇宙軍ではないかと。

フリーゲート艦




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