航空宇宙軍軍政管理部艦政本部内
対外惑星連合兵器技術調査団の予備レポートより

外惑星連合における
掃海技術とその背景

林[艦政本部開発部長]譲治

【はじめに】
 以下の報告は対外惑星連合兵器技術調査団による外惑星連合における掃海技術,特に掃海艇に関する予備的な評価レポートである。結論を先に述べるなら,掃海艇そのものについては何等技術的に見るべき点はない。
 しかるにその生産ラインを含む掃海艇部隊の背景には,今後の航空宇宙軍の技術開発体制を整備する上でいくつかの興味深い実例が見受けられる。よってこの予備的な報告もその点を考慮にいれて検討してもらいたい。

【掃海艇について】
 今次の外惑星領域における国家的規模のテロ行為,いわゆる外惑星動乱は結果的に,機雷による経済封鎖が戦争の趨勢をけっしたと言っても過言ではないだろう。しかしながら我軍の敷設した機雷の少なくない数の物が外惑星連合側の掃海艇部隊によって処理されたのも事実である。
 今回の掃海艇部隊の技術的な調査もその事実の上にたってのものであるのは諸氏の十分に知るところであろう。だが詳細は後にまとめるとして,外惑星連合の高い掃海能力はむしろ初期の我軍の機雷の性能が低かった−というよりも正確には実戦に即していなかったと言うべきなのである。
 事実,外惑星連合の掃海艇は今日的な基準では技術的にはむしろ後退した印象すら与えるに違いない。
 まず機関をみてみよう。この報告を読む諸氏の中で核融合ではなく,核分裂による宇宙船用の機関がかつて存在したことをどれほどの人が知っているだろうか? 火星開発のごく初期に使用されたと言えばおわかりいただけるだろうか?
 ウランやプルトニュウムの核分裂による熱によって水素などの推進剤を加熱する機関,外惑星連合の掃海艇の機関はその核分裂型の原子力機関なのである。
 彼らが原子力機関を採用した理由について当初,我々のスタッフの中にも,宇宙船の核融合プラズマに反応するように調節してある機雷のセンサーを作動させないためと考えるものも多かった。じじつ機雷の多くが処理されてしまったと考えられる最大の理由はやはりセンサーの問題であった。
 だが調査の過程で判明したかぎりでは外惑星連合軍が核融合炉ではなく原子力機関を採用した理由は,彼らに小型の宇宙船用核融合機関を開発・量産するだけの技術力がなかったためである。
 その証拠に,この原子力機関の構造は21世紀初頭に火星探査に用いられた物のデッドコピーであった。それだけ急遽量産されたわけであろう。
 この核分裂原子力機関は外惑星連合の機動爆雷製造プラントで量産されていた。これは機動爆雷用の核物質の備蓄が豊富だったのと,このような核物質の取扱・加工に経験があると判断されたためらしい。
 この報告書添付の画像ファイルを見ていただければ分かると思うが,掃海艇の船体は機動爆雷のそれがそのまま使用されている。もちろん内部の装置は全て取り除かれており,かわりに宇宙船用の航行システムや通信・センシングシステムおよびライフサポートシステムが据え付けられている。
 船体までもが機動爆雷の生産ラインで作られている理由は必ずしも定かではない。だが今まで入手したデーターから判断すると,この生産ラインは微小重力実験などに使用するモジュール構造の宇宙ステーションを製造するのが本来の目的であったらしい。イオの軌道都市モジュールの多くがここで生産されたと言う記録も残っている。
 そのための特殊な大型加工機械がここにしかないため,同様の形態を持つ機動爆雷の製造が行われたのであろう。掃海艇の構造がいわゆる大昔のスペースラボなどの与圧モジュールに原子力機関を装備したものであるだけに,機動爆雷の生産ラインで掃海艇を建造するその事自体は当然の選択であったかもしれない。
 しかしながら材料その他の問題があったとはいえ機動爆雷の船体をそのまま使用する判断には首をかしげざるをえない。そもそも機動爆雷は,核爆発のような高圧が加わることで結晶構造が瞬時に崩壊し,より多くの破片を産するようにな
っているのである。
 したがって機動爆雷の船体は破片が衝突した場合,より多くの二次的な破片効果を船内にもたらすだろう。現在,外惑星連合の掃海艇は戦後賠償として引続き掃海作業を行っているが,作業中の事故が異常に多いのは,おそらく船体材料の本質的な問題であると思われる。
 この事実だけでも外惑星連合の工業基盤の脆弱さ,特に物性などの基礎的な研究や専門家が著しく薄いことがうかがえるであろう。我々が調査した範囲でも破片が高速で金属と衝突した場合の衝撃波生成プロセスを研究していたような機関の存在はいまだに認められていない。
 掃海艇に関する他の部分については付属の資料を参照していただきたい。ライフサポートシステムをはじめ宇宙船を構成する装置類は一応の水準にあるものの,その多くは現在の技術から判断すれば旧式の部類に属するだろう。また一応の水準にあるとは言え,その精度は必ずしも高いものではない。
 この事は章を改めて述べるが,掃海艇の活動範囲が木星軌道周辺と限定されていることによるものらしい。つまり目的を限定し,それを実現するために最低限度の性能しかもたなかったのだ。

【掃海艇部隊の組織について】
 常識に照らして考えればおよそ信じがたい事であるが,外惑星動乱勃発当時,かの外惑星連合軍はただの一隻も掃海艇を所有していなかった。だがこの事実は必ずしも驚くにはあたらない。
 国力という点から見れば外惑星連合軍が仮装巡洋艦隊と平行して組織的に整備された掃海艇部隊を建設するのは不可能であろう。また,戦略として奇襲攻撃しか行い得ない彼らにとっては,自らが対経済封鎖を想定して掃海艇部隊を持つことは自らが自らの戦略を否定することにつながるのだ。
 さらに,これは我々航空宇宙軍にも言えることだが,外惑星連合軍はこの動乱がこれほどの長期におよぶものとは考えていなかった形跡がある。したがって掃海艇部隊のような長期戦を前提とした戦力に,ただでさえ乏しい資源を裂かなか
ったのは当然と考えられるだろう。もっとも現実は,外惑星連合軍首脳による無責任な開戦によって,外惑星連合が国力を崩壊寸前まで消耗させられるような長期戦になってしまったのだ。このため我軍による人道的経済復興計画が大きな足かせをはめられているのも否定できない事実である。
 こうした無謀な開戦が招いた経済封鎖に対処するために急遽,編成されたのが掃海艇部隊であった。戦局の悪化にともない大急ぎで編成された部隊だけに,この掃海艇部隊は必ずしも組織の体をなしていない。
 これは装備を見ても言えることで,掃海艇部隊には掃海艇しかなく,補給艦や掃海母艦の存在はいまだに確認されていない。
 つまり彼らは組織的に軌道上の機雷処理を行っていたのではなく,関係諸機関からの要請を受けて単独の掃海艇が場当り的に掃海作業にあたっていたものらしい。このような組織上の不備についてはいくつかの理由が考えられるが,最大の原因は動乱末期において外惑星連合軍と言う組織そのものが戦局の悪化にともない混乱していたこと,つまりはマネンジメント能力が低かったことであろう。
 動乱を通じて何隻の掃海艇が建造されたか正確な数字はわかっていないが,一説では75隻と言う数字があげられている。これに対して、現在の掃海艇の数は45隻である。これら45隻の掃海艇は劣悪な装備にもかかわらず仕事に対して優秀な能力を示している。しかし,これはこの45隻が優秀だったからこそいま現在も生存していると言うべきであろう。
 結局,この失われた30隻は機雷の被害と言うよりも外惑星連合軍首脳の無能な国内運営と低いマネンジメント能力の犠牲者なのである。

【掃海艇開発の思想について】
 今まで述べてきたことを総合すると,外惑星連合軍の掃海艇部隊について,掃海艇の水準が必ずしも高くないことや,組織としての問題が大きかったことが理解できたと思う。しかし,ここで見逃してはならないことがある。それは,にもかかわらず彼らは掃海艇を開発し,掃海作業を行っていたと言う事実である。
 これは次のような疑問に置き換えることができるだろう。なにゆえ彼らはかかる悪条件にもかかわらず掃海艇を自力で開発できたのか?
 ここでもう一度掃海艇について見てみたい。前にも述べたように宇宙船としての掃海艇は技術的にけっして高い水準とは言えない。しかし視点をかえてこの船が掃海能力を持っているかと問うたとき,その答えはYESなのである。
 つまりここで我々は掃海艇を宇宙船としてではなく,ある目的を達成するための手段として認識する必要があるのである。外惑星連合軍があのような短期間に,あれだけの数の掃海艇を揃えることができたのは,掃海艇として必要な機能を達成することだけを求めたからに他ならない。船体材料などに問題はあるにしろ,掃海能力を持った宇宙船の量産と言う課題を彼らは達成したのである。
 具体的な開発組織について見てみよう。残念ながら開発スタッフの具体的な組織形態については戦争犯罪人(戦犯に死を!)としての告発を恐れるものが多く,間接的な状況証拠しか入手できてはいない。しかしながら概略は再現できた。
 さて,我々が宇宙船を開発する場合,宇宙船の各部の機能に応じて機関・船体・航行システム担当などのような各グループを組織し開発にあたる。この時に常に問題になるのは二つ,各グループ毎の連絡をどうするか,そして基礎研究部門をどう配置するかである。
 開発グループ相互の連絡についてはこれに関するマネンジメント技術だけで優に光ディスク一枚を費やすほどの大問題であるので割愛する。一方,基礎研究部門の配置に関してはやはり二つの形態が考えられる。
 一つは基礎研究部門を他のグループと同格の独立したグループとする場合,もう一つは各グループに各部門における基礎研究を行う一つの班を設けることである。これらの配置については一長一短があるが,例えばゾディアック級フリゲート艦などの開発では後者の形態をとっていた。
 宇宙船開発に基礎研究部門が必要なのは,最新の科学技術を実際の技術に応用するためであるのは諸氏も十分知っての事と思う。これによる技術のスピンオフの効果はすでに証明されているが,例えばゾディアック級フリゲート艦では開発に投資した1ルーブルはスピンオフの結果30ルーブルとなって回収できたと計算されている。
 このような技術開発やそれにともなう経済の拡大も航空宇宙軍の一つの存在理由であると考えると,宇宙船開発における新技術の導入は必然なのである。
 しかるに外惑星連合の場合はどうか。これはこの掃海艇に特に顕著なのであるが,そのような技術導入の必然性は無いのである。この掃海艇の場合,一つとして新技術は使用されていない。ネジ一本にいたるまで,この宇宙船はすでに確立された技術によって特定の目的を達成するためだけに開発されたのだ。
 したがって掃海艇開発において,開発グループに基礎研究部門はいかなる形態であれ存在していない。また宇宙船の構造により部門毎の組織分担はなされていたが,一人の技術者が複数の部門に所属していたことなどから部門間の連絡は(掃海艇と言う宇宙船がごく小さな機械であることもあり)我々が想像する以上に円滑であったらしい。
 さらにこの部門毎の人間の重複は開発部門間にとどまらず,開発・生産部門間でもあったと思われる。
 つまり開発と生産ラインのフィードバックが円滑に働き,生産効率を低下させずに掃海艇の逐次改良も行われていたのである。特筆すべきことは,この開発・生産にかかわる一連の動きを一人の人間が把握できたと言うことである。このことが開発・生産のマネンジメントを円滑にできた最大の理由の一つとしてあげられるだろう。
 言うまでもないことであるが,この掃海艇の開発における組織形態が我々のそれよりも優れているとここで述べようとしているのではない。重要なのは開発目的を一つの主要目標に限定し,その実現のために既存の技術の集中と流動的組織形態によって,その目的を達成できたと言う事実である。そしてこれらの三つの要素は全てが不可分に結びついているのである。
 我々航空宇宙軍が恒星間に進出するのは時間の問題であろう。その場合,フロンティアの最前線で今次の外惑星連合のように,非常に限られた資源で問題解決にあたらねばならない状況になることは十分に考えられることである。
 我々の恒星間進出が不可避のものであるなら,この掃海艇にみるような目的限定時の既存技術応用とその組織形態について十分な研究の価値があるものと信じるしだいであります。




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