フリゲート艦アクエリアスの推進剤を考える
−−いつまでもあると思うな重水素−−

林[艦政本部開発部長]譲治

 外惑星動乱時に活躍したゾディアック級フリゲート艦の推進剤について考えてみたい。
 航空宇宙軍史ではフリゲート艦の推進剤は重水素と一言で片付けられているが、これは必ずしも正確な表現ではない。外惑星から地球ー月に送られている核融合燃料には、実際には幾つかの種類があるのだが、これらを総称して重水素と呼んでいるのである。これは地球のタンカーが重油やナフサも運んでいるにもかかわらず、石油タンカーと呼ばれているのに似ている。
 この時代、宇宙船の推進剤に幾つかの種類が存在することは、例えば「サラマンダー追撃」において、「タンカーを捕獲すれば、推進剤の組成がわかる」と言う記述がなされていることからも推測がつく。
ゾディアック級フリゲート艦のエンジンと推定される慣性閉じこめ型核融合推進で考えられる核融合反応は大きく分けて四種類ある。つまり、

D+T 4He(3.5MeV) n(14.1MeV)
D+D  T(1.01MeV) P(3.03MeV)
D+D 3He(0.82MeV) n(2.45MeV)
D+3He 4He(3.67MeV) P(14.67MeV)

の四種類である。
(注:D=重水素 T=三重水素 n=中性子 P=陽子 4He=普通のヘリウム 3He=ヘリウム3:陽子を一つしか持たず−に帯電しているヘリウムの同位体 MeV=メガ電子ボルト:各々の粒子に分配されるエネルギ−量をあらわす。なお二種類あるDD反応の発生確率はほぼ同程度、また生じるTはDT反応源となる)

 ところで貨物船と戦闘艦の要求される能力の違いを考えるとき、これらの間では推進剤の組成が異なることが容易に推測できるだろう。
 前者では経済性が、後者では機動力が推進剤選定の重要なポイントとなるからだ。
経済性から言うなら重水素・三重水素/重水素・重水素いわゆるDT/DDピレットが用いられる。この推進剤ピレットは、核融合反応の起きる条件が最もゆるやかなDT反応と、DT反応より核融合反応の条件は厳しくなるが、エネルギー効率が3倍ほど向上する(DT反応は荷電粒子として利用できるエネルギーは20%、DD反応はこれが66%になる)DD反応を組合わせたものである。
 DT/DD反応の利点は、ヘリウム3などと比べ重水素の資源が外惑星などに豊富で、精製にも手間がかからないため燃料単価が安い事がまずあげられる。
 またヘリウム3に比べ核融合反応の条件がゆるやかと言うことは、それだけエンジンの設計・製造が楽になる事を意味する。そのため宇宙船の量産効率も向上し、システムとして考えた時、輸送コストそのものを低く抑えるのに役立つだろう。
 ただDT/DD反応では、核融合のエネルギーが制御不能の中性子の運動エネルギーに少なからず使用されるうらみがある。しかし、貨物船であれば乗組員に対する中性子の影響は機関部と居住区のレイアウトの工夫で解決できる問題である。また、燃焼効率についても戦闘艦と違い、基本的に決められた経済軌道をとるだけの貨物船であれば、運用コスト程に神経を使う必要はないだろう。
 だが、戦闘艦においてはこの燃焼効率は非常に大きな意味を持つ。加速性能など機動力が命の戦闘艦では核融合エネルギーの30%以上が中性子の運動エネルギーになるような無駄は許されない。従って、推進剤にヘリウム3を選ぶのは当然であろう。ヘリウム3による核融合反応は理論的に中性子が出ないため90%以上の効率が期待できる。従って乗組員に対する中性子の影響も事実上は無視できる。また燃焼効率の向上はエンジンの小型化を意味し、居住区のレイアウトの自由度が大きくなる事とともに、船の小型化に結ぶつくだろう。
 ただ、ヘリウム3を推進剤に選んだ場合の問題点が二つある。
 一つはエンジンの製造が難しい事。これは核融合の条件がDT/DD反応より厳しくなる事からくる必然的な問題である。しかし、ヘリウム3を推進剤に使用する多数の戦闘艦が存在した外惑星動乱期においてはこれはさしたる問題では無くなっていた。なぜなら、核融合エンジンに関するノウハウの蓄積と技術の進歩により自然に解決される問題であったからだ。要は核融合条件の温度と密度を向上させる技術の問題なのだ。
 むしろヘリウム3を推進剤にするにあたっての最大の問題は、ヘリウム3の供給を外惑星に大きく依存している点だろう。ゾディアック級フリゲート艦に限らず、新型の戦闘艦は艦隊として行動する事を考慮して部品や推進剤も共通に使えるように設計されている。したがって推進剤はこれらの戦闘艦では全てヘリウム3を使用する。だが、これはヘリウム3へのつまりは外惑星連合への依存度を増す結果にもなっていた。この事はけっして杞憂ではなく、外惑星動乱においては航空宇宙軍は推進剤不足に悩まされる事になったのだ。
 それは同時に戦略的には、外惑星連合の重水素プラント制圧の必要性を意味していたのだった。


拝読。久々のハ−ドな構築で、楽しませてもらいました。

 まだ草稿段階のようです ので、気付いた点を2.3。まずヘリウム3の供給ですが、月面上にあるらしいそれに ついてはどう設定しておく訳でしょうか。タナトス戦闘団の月面プラント襲撃とからめたら面白いかもしれません。(ところでこんな話、作者をほっといてしてええんやろか)
  またこの時、地球上も含めて、宇宙航行船以外の核融合使用状況はどうなのでしょう。
 その点は、外惑星動乱の経済的背景を構築する上で極めて重要ではないでしょうか。


 どうもカーリーです。

 まず、月のヘリウム3につきまして。現在NASAなどで予想されているヘリウム3の埋蔵量は

1.1 × 10 Kg
木星 × 1022Kg
土星 × 1022Kg

 と、なっています。これを見ればおわかりのように、資源の埋蔵量には、それこそ天と地ほどの差があります。
 ですが、別の問題があります。月面プラントは月の土壌を加工して工業製品を作りだします。その過程で酸素とともにヘリウム3が取り出される可能性が非常に高いのです。
 基本的に土を高温で処理すればヘリウム3は分離できるそうですから。そうなりますと、外惑星連合から供給されるものより量的には少ないものの、値段はタダのヘリウム3が存在する余地がある。
 それでこのヘリウム3の使いみちですが、これは地球の核融合発電に使用するのが最も合理的だと思われます。
 月の核融合発電なら中性子がいくら出ても何ほどの事もないでしょう。しかし、地球の発電所ではそうはいきません。環境問題などを考えますと、中性子が出ないヘリウム3の発電しか地球では出来ないでしょう。
 これに、工業廃棄物としてのヘリウム3をあてるならば、電力コストを大幅に低下させる事が期待できます。地球が発電に必要とするヘリウム3ならそれでまかなえるでしょう。むしろ航空宇宙軍としては地球の発電までも外惑星に依存するような危険なまねは極力さけると思われます。
 ヘリウム市場の事を考えるなら、月のヘリウム3は公ではヘリウムとしてではなくあくまでも廃棄物として扱われ、商品としてのヘリウムとは別に扱われるものと思われます。
 さて、外惑星のヘリウム3ですが、これはおそらく殆どが宇宙船の推進剤に使われたと推測されます。
 なぜなら月のヘリウムは工業廃棄物だからこそ価値があるのであって、これをヘリウム採掘のためにプラントを起してはコストでは外惑星産には太刀打ちできないことは明らかです。すくなくとも艦隊の推進剤を賄うほどの量は供給できないでしょう。
 以上のように推測しているのですがどうでしょう。これが正しければタナトス戦闘団のプラント襲撃は地球に対するヘリウム3の安定供給を脅かした点においても十分評価されるべきです。

 だから地球経済において宇宙の占める割合が大きくなると言うことは航空宇宙軍が地球経済に与える影響もまた大きいと言う事か。




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